混血児リカ | シネマ、ジャズ、時々お仕事

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1972年 東宝(近代映画協会、オフィス203) 監督 中平康 脚本 新藤兼人
(あらすじ:ネタバレあります)
リカ(青木リカ)は母親(今井和子)が米兵にレイプされて産まれた混血児。高校時代に今井のパトロン・広瀬(森塚敏)にレイプされてグレ始め、今やいっぱしのズベ公。ある日、仲間が立花組の三下に孕まされた挙句、流産で死んだ復讐に立花組と大立ち回りを繰り広げ、警察に逮捕されて、学園(感化院)に送付されてしまう。同室となった夜桜の令子(長本和子)と対立した青木は、ある晩、タイマンの決着を着けようと長本を呼び出し、その隙に脱走。アジトに帰ると仲間は立花組に拉致され、ヴェトナムに慰安婦として送られる寸前だった。青木は慰安婦貿易の黒幕Z氏(内田良平)と交渉し、300万円での買戻しで話を付けた。青木は森塚の会社に乗り込み、300万円を脅し取って波止場に急ぐが、道中、森塚が放ったチンピラに襲われる。ピンチを救ったのは流れ者の鉄(佐藤文紀)だった。青木は単身、立花組に乗り込み、組長(中台祥浩)に気に入られて、組の息が掛かったクラブで歌うことになる。青木は行方不明となった今井を必死で探すうちに、偶然、立花組のサブ(荒川保男)が公共工事入札に関する秘密書類を強奪したのを目撃。汚職には森塚も絡んでおり、騒動に巻き込まれた青木は中台を刺して、再び学園へ収監される。青木への復讐に燃える長本との対決は、長本が放ったナイフが教官(坂上和子)の首に突き刺さるという意外な結果となり、騒ぎに乗じて脱走した長本を追って青木も再び学園外へ。波止場で佐藤と出会った青木は、立花組のバックにいた大阪組が、再びヴェトナムへの慰安婦派遣を計画していることを知る。計画には森塚も絡んでいた。波止場近くのバラックに迷い込んだ青木は、そこに尾羽打ち枯らした今井の姿を見て驚く。長本と決着を着けようとした青木は、大阪組に捕らわれてしまうが、下水溝から侵入してきた佐藤に救われる。青木は森塚をバラックに呼び出し、ボコボコにして今井に止めを刺させた。密輸船の船倉に忍び込んだ青木と佐藤は、荷箱に監禁されていた仲間を救出、その中には長本の姿もあった。甲板上での対決で青木は大阪組の組長(大友純)らを殲滅したが、佐藤と長本も絶命。数日後、学園に戻った青木は、憧れていた沼田教官(津嘉山正種)の結婚式にネズミ花火を投げ付けると、オートバイに跨って、何処ともなく姿を消した。
(感想)
ズブシロの混血姐ちゃんを主役に起用して、演技その他には目をつぶり、ひたすら姐ちゃんのおハダカ中心の映画作りをする…というと、後に曽根中生監督が日活で撮った「ワニ分署」の横山エミーを思い出しますが(もっとも、横山エミー、顔がバタ臭いだけでハーフは自称、実際には生粋の日本人だったらしいですが(藁))、本作主演の青木リカも、台詞棒読みは仕方ないとしても、無表情と仏頂面の2つしか出来ないブス面(藁)、骨太でバスト・サイズの割に小ぶりのパイオツ(もっとも乳首はピンク色で綺麗でした)、巨大なケツにたるんだウェストという、裸を売り物にするには余りにもだらしない肢体、とどれをとっても本編主役を張るのは無理スジという素材。確かに脱ぎっぷりは見事で、ほとんどの出演シーンで訳もなく乳首を露出していますが、身体が綺麗じゃない上に、恥じらいをまるで感じさせないので、観ている男性観客の立場でもあまり嬉しくありません(爆)。唯一、ビキニを身に付けてステージで歌うシーンだけ、へその辺りに手をかざして恥ずかしそうにしていましたが、あるいは裸になるより、人前で歌う方が青木リカにとっては恥ずかしかったのかもしれません。確かに、彼女の歌の方も、その想像を裏付けるヒドイ出来です(ハハハ)。
週刊誌連載劇画を原作にした、いわゆるピンキー・アクションで、東映や日活の企画ならば不思議でもなんでもないのですが、本作の配給会社は「清く正しく」の東宝で、製作は吉村公三郎と新藤兼人が設立し、数多くの文芸大作を残してきた近代映画協会、脚本はその新藤兼人で、演出が何と中平康! というクレディットを観ているだけで目がクラクラしそうな面子ぞろい。何でこの面子でピンキー・アクションなんだ! 新藤兼人は「来る仕事は拒まない」というのがポリシーだそうですが、これだけの面子を揃えながら、主役陣は無名のトーシロ揃い、低予算がシーンの方々に綻びを見せる、正直、見ていて寂しくなるような映画で、私的には、邦画の斜陽期、こんな企画でも中平康は映画を撮りたかったんだ…という違った意味での感慨を感じる作品でした。世の中には中平康フリークと呼ばれる熱狂的なファンが大量に存在するようで、ネット上では本作を「中平畢生の傑作」とかいう意見すら流布されているようですが、きっとそれはキツ~イ冗談のつもりなのでしょう(ハハハ)。私はB~C級映画が大好きで、この映画、また名画座でかかれば観に行くと思いますが、本作は、まぁトンデモ映画大賞の佳作程度にはノミネートされるだろう…という程度の作品だと思われます。あまり真面目に観ていると(まぁ、そんな観客はいないと思いますが)だんだん頭が痛くなってきますよ~(藁)。
キャスティングでは、アルバイトで青年座の面々が端役に至るまで大量出演し、達者な演技を繰り広げています(後に「中学生日記」で良識派の教師を演じた湯浅実がチンピラ役で顔を出しているのが笑えます)。しかし、せっかく、青年座きっての二枚目津嘉山正種を使うなら、出番の少ない教官役ではなく、リカに絡む鉄役を演らせたらよかったのに…。何しろ、鉄役の佐藤文紀という人、本作以外に映画の出演記録がなく、スターのオーラもまるで感じられない地味な人で、最初はこの人もズブシロかと疑ったくらいです(藁)。まぁ、かなり芝居が達者なので、ひょっとして青年座の若手座員だったのかもしれませんが。
新藤兼人の脚本は、鬼畜米英への憎しみが滲み出ていて(ハハハ)、この路線は続編にも受け継がれます。要するに、このシリーズで出てくる外人(白人)はすべて極悪非道の悪人です(爆)。字幕を節約するためか、外人の癖に、「Hurry up!」とか「OK, let's go!」とか、やたら日本人にもわかりやすい片言英語しか話さない点も共通しています(藁)。それにしても、ラスト・シーンで「リカは何処へ?」「がんばれリカ!」と、遥か終戦直後の名作「カルメン純情す」のパクリを持ち出してきたのはなぜでしょうか? 青木リカのおハダカ目当てに映画館にやってきた当時の青少年にとっては、何のことかわからなかったのでは? 現在では、名画座に屯し、こんな映画を鑑賞するのは病的な懐かし邦画ファンですから、この字幕は場内の爆笑を生み出していましたが…。ただし、この青木リカがバイクで走り去っていくラスト・シーン、スクリーン・プロセスを使う金もなかったのか、夕日を模したオレンジの照明と送風機を静止したバイクに座っている青木リカに当てるだけでごまかしているのは、情けなくて涙が出て来そうになりました。かつて、予算を使いすぎることで日活経営陣に睨まれた中平監督としても、こんな撮り方しかできないのは不本意だったのではないでしょうか。全体に演出に覇気がなく、アクション・シーンなんかもダラけた感じが漂ってくるのは、そのせいかもしれません。