古代史に興味があって、時折古墳を訪ねに出かけたくなる…と、今ではそんなふうに言ってしまうのですけれど、元々古代史に興味がある、だから古墳にも行くという流れでは無かったのだったなあと、今さらながら。

 

古墳を見に行くようになって古代史への興味が高まったというのが実際でして、では何故に古墳に出かけるようになったのか、そのきっかけは?と思い返せば、実はそこに日本の歴史とはおよそ関わりないものがあったわけなのですね。

 

今を去ること13年前ですので、2012年の夏に北欧、スウェーデンへ出かけた折りのことです。首都ストックホルムの近郊にウプサラという古い大学町がありまして、大学図書館に展示されている「銀文字聖書」を見に行ったりしたのですけれど、そのほんのついで、ガムラ・ウプサラ(ガムラは「古い」という意味ですので、古ウプサラですな)というスウェーデン古代の遺跡にも立ち寄ってみたわけです。

 

そこで見たものはただただ草っぱらが広がるところに大きな土饅頭がぽこっとぽこっと連なっている。それだけといえばそれだけなんですが、なんだか妙に「遠くから来た甲斐があった」と思えたものだったのですなあ。で、その後になってようやって日本にも古墳というものがあったではないか…と、日本の古墳を見に行ってみたという次第。だから日本の古代史への興味は後付けなのでありますよ。

 

ともあれ、一方では北欧古代史にも些かの興味を抱いたとなれば、気になるのは(言葉としてはよおく知られる)ヴァイキングですな。で、翌2013年の夏に今度は、ノルウェーのオスロでヴァイキング船博物館を覗いたりも。

 

とまあ、そんなこんなのこともあってヴァイキングにもまた関心がある…という背景を長い長い前置きにしましたけれど、ここからが今日のお話。Amazon Prime Videoで『VIKING バイキング 誇り高き戦士たち』てな映画に行き当たり、見てみたということでして。

 

 

タイトルからして当然に?いわゆる北欧の歴史の一端に触れるものと思っていたですが、のっけから思惑違いと知らされることに。手っ取り早く「映画.com」の紹介を引いてみますとこんなふうで。

大国ロシアの礎を築いた男たちの壮絶な戦いを描き、2016年ロシア映画興行収入第1位を記録した歴史劇。西暦800年代後半。リューリク一族率いるバイキングがキエフを制圧し、その地をルーシと称するように…。

リューリクといえば、ロシア史の始まりの方で必ず目にする名前ですけれど、「この人、ヴァイキングだったの?」と。なんだかイングランド史のノルマン・コンクエストにおけるノルマンディー公ウィリアムみたいではありませんか。

 

と言っても、イングランドの場合は後継者争いを力でねじ伏せ片を付けたようなものですけれど、ロシアの方はスラブ人同士の争いが絶えない中、スラブ人の側から頭にいただく人物をという求めに応じてやってきたのがリューリクであったとも(神話の域を出ない話でもあるようですが)。

 

そんなリューリクの時代から100年ほど後、キエフ、ノブゴロドといったスラブ人の地はヴァイキング由来の統治者が大公として統べていたわけですが、三人息子を残してスビャトスラフ大公が亡くなると、兄弟の間では血で血を洗う争いとなっていく…というあたりは、この映画のストーリーでありましたよ。

 

いつの頃からか、古代史題材の(外国の)映画ではどばどばと血が飛び交ったりする残虐シーンが多々見られるところですが、本作もまた。ま、アクションといえばアクションとも言えるでしょうけれどね。ロシア映画(結局のところ、本作はロシアの映画だった…)でも同様ということかと。

 

こういっては何ですが、「そもそもそうだったのであるか?!」という点では「ほお!」だったものの、映画としての出来がよろしいかといえば、「うむむ…」でしたな。三人息子の末弟、勝ち残ったウラジーミルがそれまでの戦いのあけくれを倦んで?正教会に改宗することになって、平和の道筋が示されましたとさ…となる流れはもそっと描きようがあったろうなと思いますし。

 

それにしても、スラブ人の地にある程度の安定をもたらして聖公ウラジーミルとも呼ばれる統治者と、同じ名前を持つ人物が今のロシアの大統領なわけですが、スラブ系の人たちの暮らす土地の安定を導く術は現状のような形しかないのでしょうか…。

 

ロシアでは2016年に公開されて「興行収入第1位」とフライヤーにありますけれど、聖公ウラジーミルのふるまいを見た、多くのロシアの人々にしたら、別のウラジーミルの行いがどう映っているか、気になるところではありますねえ。