タイトルに掲げるほど2024年11月4日、つまりは昨日が何かあった!?ということでもないのですが、たまたま昨日は横浜に出かけた…ということでして。それでもこの日ならではと思いましたのは、関内駅で下車してみますと、駅内の壁面が「ブルーに染まっとる!」ということで。普段、プロ野球の動向を追っかけているでもない者でさえも、一昨日(11/3)の日本シリーズでベイスターズが勝ち、日本一になったてなことは知っていたわけで、ただ単に青いというのでなしに、要するに駅中がベイスターズ色一色になっていたと。このようすを写真に撮っている人、多数。それほどにベイスターズって人気あったの?と思ったり。

 

改札を抜けると、ご存知のように目の前には横浜スタジアムがありますけれど、そこいらにたくさん、何やら青っぽさを纏った人たちがこれまたいっぱいいる。個人的には「ペナントレースでリーグ3位だったのに、日本一であるのか?」などと冷めたふうで歩き出したわけですが、そんな思いをちらりとも漏らそうものなら袋叩きに遭いそうな気がしたものでありますよ。どうやら青っぽい人たちの行き先は、横浜スタジアム併設のベイスターズ・グッズショップだったようで。優勝記念の特別な品でも売っているのか、長蛇の列ができておりました。

 

おそらくは前日の夢覚めやらぬベイスターズ・ファンだけに、行列待ちの中でも「昨日の試合は…」などということに花を咲かせておったことでしょう。いわば似た者同士が集まった…てなことなわけですが、一方で冷めている方には(関心の無いという点で)また似た者が近しいところにおるものなのか、ベイスターズ優勝の話に触れて、今さらのように「DeNAって?」と言い出す者がいたりもするのですな。そうした向きには(年代的なところも考慮して)「昔の大洋ホエールズ、平松のいた!」という説明がマッチする。案の定、「そうか」となるわけで(笑)。

 

ただ、今回の日本一が1998年以来26年ぶりという点では、「その頃は大洋だった?」てなことにもなりそうなところを、「いやいや、大魔神とか言われた佐々木のいた頃でしょう」と。それでも1998年の優勝は1960年以来の38年ぶりで、その頃はまさしく大洋ホエールズではありましたが。

 

ともあれ、こうして栄冠を手にするチームがある反面、今年は低迷の底に沈みこんだチームもありましたですねえ。先にプロ野球の日頃の動向を追っかけていないと申したですが、そんな者にとっても今年の西武の負けっぷりには、ついつい連日、新聞のスポーツ欄で「また負けたか」と気に掛けてしまったり。一時は黄金時代を築いたチームで、ひょんなことから西武球場(当時)で応援団に交じってラッパを吹き鳴らしていたこともあっただけに、いやはやと。もう長いこと、勝敗を気に掛けることもなかったのですけれどね、それにしても…。

 

と、プロ野球絡みの思い出し話に終始しかかっておりますが、しも昨日に横浜まで出かけましたのは、知り合いの参加するアマチュア・オーケストラの演奏会@みなとみらいホールに誘われたからでして。

 

 

創立以来33回目の定期演奏会で度々お邪魔をしつつ、アマ・オケながら聴かせる演奏には予て関心しているのですけれど、この日のプログラムに「ああ、しんどかろうなあ」と。1曲目にはスッペの喜歌劇『軽騎兵』序曲、2曲目はのチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲(芸大高校1年生というソリストの発展と情感がいいですな)と来た後にメインで登場するのが、ショスタコーヴィチの交響曲第5番。聴いていながら金管のしんどさが身につまされるのは、やはり過去が蘇るからでありましょうねえ。

 

ちょうど西武ライオンズの応援団まがい?の活動をしている頃に、ショスタコ5番の終楽章を抜粋ながらもステージドリルで取り上げることがあったのですな。抜粋とはいえ、そこに到達する以前にもあれこれの曲を吹きまくった後だけに、最後の最後、音がべえべえになる状況で終えたことをはっきりと思い出してしまったようなわけで。楽団員の方々には「お疲れ様でした!」とねぎらいたいところでありましたよ。

 

ということで、そもブログは日記みたいなものだったりしますですが、ことさら日記めいた話でお送りいたしました。ちなみに、横浜みなとみらいホールが目的地ならば最寄り駅は桜木町となるところながら、先のお話では「関内駅で下車」と。演奏会前に一カ所、寄り道をしたのでありまして、そこら辺はまたの機会に。