さほどと言いますか、全くと言っていいほどに美食でも飽食でもなしに、至って食は細い方ですけれど、なんとはなしレストランというか厨房というか、そうしたあたりを舞台にした映画は結構見ているような気がしますですね。で、今回もまたというところかと。

 

 

ただ、フランス映画『デリシュ』の場合、「世界初の”レストラン”開業の秘密、教えます」といわばレストラン誕生秘話のような雰囲気を醸していると。もっとも実話ベースではなくして、創作でしょうけれどね。

 

フランス革命前夜のフランスの片田舎。パン焼き職人からたたき上げで、さる公爵家の城館の料理長におさまったマンスロンは命じられたメニューを提供するだけに飽き足らずに自ら創作した料理を供するも、貴族たちの偏見でダメ出しをされてしまうのですな。詫びろ!という公爵に応じなかったことから館を放逐されたマンスロン、故郷に戻って駅馬車の中継所で生業を立てることに。

 

日本で言えば街道筋の宿場のようではありますが、にぎやかさとは無縁の一軒家で、馬を休ませ、旅する者が口にするものを多少提供するくらいの場所ながら、ここでいっそ「おいしい料理を出してはどうか」と、いわくありげながらマンスロンに弟子入り志願で現れた謎の女性ルイーズにもちかけられて…。

 

結果、貴族も村人も同じフロアで同じ食事をとる「レストラン」という場所が誕生するてなふうになるわけですな。つまり、フランスでは(ヨーロッパ諸国では?)18世紀末頃までレストランに相当する場が無かったということなのでありましょう。それだけ、身分の格差が現前としてあったということでもあるわけで。

 

そんなときにふっと「日本は?」と思いを巡らすわけでして、思い出したのが以前NHKのドラマで見た『みをつくし料理帖』でありました。あそこに出て来たのは居酒屋とは違う(酒を提供しないわけではありませんが)、そして武士も町人もやってくる食事処の話ではなかったかなと思ったものですから、この際あらためて映画版『みをつくし料理帖』の方を見てみたのでありますよ。

 

 

澪の作る料理が結構見せ所でもありますので、ドラマ版に比べるとどうしても尺の関係で出てくる料理や調理シーンが少なくなるあたり物足りなさも出てしまいますな。それでもまあ、なんとかうまくまとめたという映画でもあったろうかと思うところですが、それはともかくも、こちらの話は享和二年(1802年)の水害で別れ別れになってしまう幼馴染の心の通い合いが出てきますので、時代としては『デリシュ』の描くフランスとさほど変わらぬ頃合いかと。

 

澪が差配を引き継いだ「つる家」は蕎麦屋の看板を掲げ続けながらも創意に富んだ料理を提供することで評判を呼び、当時流行りの料理屋ランキングを表す見立て番付に「つる家」は堂々関脇にランクインすることになるわけでして、つまりはこの頃、江戸時代の日本には「レストラン」に類する(?)料理店が多々あったとも言えましょうか。

 

別に、ここでフランスより先にレストラン(らしきもの)があったのは日本なのだ…てなことを言いたいわけではありませんで、この頃の日本の食文化事情にはすでにして一般庶民をも巻き込んだグルメ感覚があったのではと思えたことなのでありますよ。背景としてはフランスの、まさに革命前夜の決定的な身分格差に対して、日本にも士農工商と言われるような身分差がありつつもかなり混然一体となってきていたところがあるのではなかろうかと思ったり。歴史を横断的に見てみますと、ただただひたすらに欧米偏重路線を辿るのが必ずしも適当ではないように感じたりするところなわけでして。

 

ところで、映画『デリッシュ』は映像的に昔々のヨーロッパの田舎家とその周辺を、当時の絵画を見るように映し出しているのが見どころのひとつにもなるような。時折、シークエンスの転換時にあたかも古いネーデルラント絵画の静物画を彷彿される画面が差し挟まれるのが、なんとも洒落ている。静物画は確かに細密に描かれているとは思うも、なかなかにその魅力のほどを感じるには至らないところながら、静物画に対するあらたな興味までを湧き起こさせるようにも思えたものなのでありますよ。