南米チリの映画は、もしかすると初めて見るのかも…。ですが、やはり世の中が抱える問題といのは、いずこも同じと言えましょうか。高齢者向けの養護施設で、母親を入所させている家族が所内での虐待や盗難を疑っているとは、他所の国の話とは言えないところでありますね。

 

で、施設に疑いの視線を投げかけているこの家族、私立探偵を雇って内偵してもらうことに。引き受けた探偵事務所では、80~90代の人を募集と新聞広告を出す。このような年齢限定では稀有な求人広告に応募者が殺到するわけですが、その中の選りすぐりとして採用されたのがセルヒオ、83歳でありました。仕事はもちろん養護施設への潜入捜査、かくして83歳のスパイが活動を開始するのでありますよ。

 

 

というのが、映画『83歳のやさしいスパイ』の発端ですな。施設内で虐待や盗難の証拠となりそうなものを眼鏡型ビデオカメラで撮影したり、探偵事務所との定時連絡には暗号使用を求めらたりと、高齢者には負担の多い仕事ながら、セルヒオは積極的に探りを入れていくわけです。

 

事務所からは「あまり目立たないように」と言われているのですが、積極的に入所者と関わることでこそ情報が得られるとばかり、セルヒオは果敢に行動していくという。さりながら、セルヒオのお人柄の故でもありましょうか、入所者の男女比で圧倒的に女性比率が高い所内にあって、いつしかセルヒオは「あこがれの君」状態、人気者になってしまうのですよ。まあ、セルヒオ自身は至って冷静なのですけれどね。就職における人事担当者であったなら、セルヒオを採用は「当たり」というべきでしょうかね。

 

こうしたあたりはコメディとして笑って見ていられるところながら、所内事情、入所者事情をつぶさに見ているセルヒオの目が映し出すのは「高齢者の孤独」ともいえましょうか。確かに盗癖ありと思しき女性入所者を目撃したりもするのですが、セルヒオが注ぐ目は至って暖かいもので、寄り添う姿勢まで見せるのですな。

 

送り込んだ探偵事務所側からすれば、正体がばれる危険にわざわざ立ち入っていくようなセルヒオをハラハラしつつ遠隔操作しているわけですが、セルヒオの独自の動きは止まらない。セルヒオの見聞は探偵事務所向けのレポートという以上に、映画を見ている人たちに養護施設のありよう、それは何も施設側がどうのというだけでなしに、入所者が単に高齢者という十把一絡げの人たちというのではない、それぞれに異なる環境、体調などを抱えた個人個人であることに思いを至らせるくれるという。

 

本作は2020年の第93回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされた…となりますと、これ、実話なのであるか?!と。そして、セルヒオは本当にスパイとして養護施設に乗り込んだのであったかとも。そして、セルヒオ以外の登場人物、取り分け入所者たちはリアルな状況が映し出されていたのですなあ。

 

セルヒオのレポートの中には、虐待・盗難の被害が疑う入所者の家族が全く面会に来ていないというのがありました。家族の様子をいっかな見に来てもいない人たちが、被害(の可能性)ばかりを言い募る。さすがに冷静なセルヒオも心傷んだ瞬間ではなかったでしょうかね。老いと向き合う、老いていく家族と向き合うことを考えさせられますですね。