昨日(5/23)は突如として寒さが帰って来た一日となりまして、すっかり衣替えも済ませた中、手近の冬物を引っ張り出してミューザ川崎のランチタイムコンサートに行ってまいりました。どうもあちこちのランチタイムコンサートにばかり出かけているような気もしますですが、完全退職の身としては無料であったりワンコインであったりという料金的な敷居の低さを恩恵と感じつつも、それ以上に結構プログラムに工夫が凝らしてあって、勤め人だった頃はそうそう出かけてもいられない平日の昼開催にそそくさと出かけるのも、今ならではだとは思っておりますよ。

 

 

で、今回はまた工夫のある企画ものということになりますなあ。「パイプオルガンとピアノ、仕組みの異なる鍵盤楽器の コラボレーション」というのみならず、ピアノには「テレビ出演や映画・TVドラマの作曲でも知られる加羽沢美濃」が登場するという。かつてEテレで放送されていた『ららら♪クラシック』という番組で、クラシック音楽を易しくも核心を突いた解説をしてくれていた方だけに、演奏後に予定されているアフタートークもどんなふうになるかと。

 

とはいえ、今回の演奏会の主役はパイプオルガンの方でありましてピアノはゲストなのですな。なんでもオルガンの高橋博子、ピアノの加羽沢美濃のご両者は芸大時代の友人だそうで。演奏会でジョイントするのは初めてのようですが、アフタートークでは学生時代の思い出話なども語られておりましたよ。

 

と、それはともかく演奏のお話。そもパイプオルガンもピアノも、それ1台で壮大な音楽世界を構築する野望(?)を意識して作られてた楽器のようにも思うところでして、意趣を同じくしつつ傾向が異なる、とはいえ鍵盤楽器という点では同じと、付かず離れず(トークを聴いただけに、個性の異なる演奏者お二人の付かず離れずとシンクロするように思えたりもしますが)といったところはデュオにするのが難しいのでは…とも。実際にオリジナル楽曲として、最初からオルガンとピアノで演奏される想定のものはかなり珍しい部類でありましょう。

 

そんな珍しい編成の曲の中からプログラムに登ったひとつが、ピエトロ・アレッサンドロ・ヨンという作曲家の作品なのでありました。19世紀末から20世紀半ばまでを生きたイタリア人ですけれど、ニューヨークのセント・パトリック大聖堂のオルガニストなどアメリカで活躍した方のようですなあ。でもって、そのヨン作品の「グレゴリオ聖歌風協奏曲」から二つの楽章と「古風なメヌエットとミュゼット」が演奏されたですが、いずれも踊り感覚に溢れたリズム感が楽しめるものでありましたよ。その中でピアノは、オルガンにはちと苦手な?粒立ちのよい打楽器的な使われ方もしていて、なるほどなあと思ったものです。

 

演奏会タイトルには「イタリア音楽の戯れ」と添えられていましたので、ヨン同様に全く知らなかったイタリアの作曲家、ヴィンツェンツォ・アントニオ・ペトラーリの作品からも一曲。「グローリアのための詩句」(本来6曲である中の1曲)というオルガン独奏曲で、基本的には教会の礼拝に際して演奏されるものらしいのですが、教会という厳粛な場所が一気にオペラ・ハウス(俗っぽくいえば、ミュージカル・シアター)に変じたのではないですかねえ。プログラム・ノートではこんな説明になっていたりして。

ロッシーニやヴェルディが活躍したオペラ最盛期イタリアでは、教会でもオペラ音楽が堂々と演奏され、ミサに来る人々を慰め楽しませていました。ベルガモ出身のペトラーリは、そんな時代を代表する一人。「グローリアのための詩句」はミサで神の栄光を讃える祈りの場で演奏される作品です。現代の身さで弾いたらおそらくびっくりされるかもしれない、オペラのリズムに乗った祈りの音楽をお楽しみください!

6曲で構成される中のどれかしらはYoutubeで探せば見つかるようですので、ご興味おありの方は是非探索を。何しろこんな曲が演奏されるなら教会に聴きに行くのが楽しみになること請け合い。反って経験なキリスト者には眉を顰められそうな気もしますけれど、こんなのもありだったのですなあ。印象としては、敬虔さよりもこのノリの良さといいますか、そちらの方がイタリアの風土(あまりにざっくりですが)に似合っているような気がしたものでありました。