かつて(全面リニューアル前の)ホテル・オークラ東京で毎夏、「秘蔵の名品アートコレクション展」という展覧会が開催されていたのですね。「秘蔵」というくらいですから普段余り見る機会の無い作品が見られるとあって、何度か出かけたことがありますけれど、そこで吉野石膏という会社のコレクションから借りだされたタブローを見かけたのですね。もはやそれが誰の何という作品であったかは忘れてしまったものの、「ほお~、こんな作品が!」と思ったことと、吉野石膏コレクションというものがるということは記憶に残っていたわけです。

 

で、その吉野石膏コレクションの多くは普段、山形市の山形美術館に寄託されていると聞き及び、折しもたまたま仕事で山形へ出張することになったときに、合間を縫って山形美術館を訪ねたのでありますよ。お目当てはもちろん、吉野石膏コレクションの展示室ですが、これがまあ、想像以上に潤沢で豊かなフランス近代絵画の名品であったという。それだけに、山形美術館では折に触れて吉野石膏コレクションを大きく扱った展覧会を開くことがあるようですので、機を見て出かけるにしくはなしと。

 

そんなふうに思いつつすでに何年も経ってしまったところながら、その吉野石膏コレクションの展覧会がが今(地味に?)東京の練馬区立美術館で開催されておると知ったものですから、そそくさと出かけていったような次第。ですが、いささか思惑とは異なる内容だったのですけれど…。

 

 

思惑違いと申しますのは、フライヤーにもありますように「本と絵画の800年 吉野石膏所蔵の貴重書と絵画コレクション」というのが展覧会タイトルだったのでして、メインは貴重書だったのですなあ。まあ、そちら方面にも興味がないでは無し、これもまた楽しからずやではありましたし、展示の最後の方ではピサロの息子リュシアンが設立したエラニー・プレスの刊行物(書物、印刷関連の展覧会ですのでね)とともに、その時代のフランス近代絵画が数点紹介されていましたしね。ですが、この数点というのが「この方面をもっと見たかった」という気持ちに火を点けることにはなりましたが(笑)。

 

ともあれ、貴重書コレクションはヨーロッパ中世の彩色写本の展示から始まったのでありますよ。で、彩色写本で思い浮かぶのはまずもって大きな判型の「聖書」ではなかろうかと。教会で聖職者が説教壇の台に載せて読むという実用性(彩色の豪華さはともかくも)から判型は大きく、文字も大きく作られたのでしょうけれど、「大型本で複数の巻にわたることが普通だった聖書」が「13世紀の初頭にパリで小さな判型で一冊にまとめられた」形で登場すると、「この形式はまたたく間に広まった」のだそうな。その零葉(本来は写本を形作っていたものの一ページ、一葉)がこんな感じです(一部、写真撮影可)。

 

 

たまたまこのページが…ということかもしれませんですが、判型の小さな、いわば普及版だけに装飾が控えめ、つまりは手の掛け方が少ないわけで値段もそれなりだったのであろうかと。さりながら、13世紀のこの時代、活版印刷の誕生はまだまだ先で、当然にしてこれも写本ですから、値段もそれなりとはいってもある程度の金持ち貴族が手にしたものなのでしょうなあ。

 

こうしたことを通じて「本」が個人所有できるものとなっていきますが、そこでは個人所有の「本」が贅沢さを競うような側面(所有者が大金持ちであることを誇示するような側面)も出てきたことでしょう。中には、後に「世界一美しい本」とも言われるようになる「ベリー侯の豪華時祷書」あたりも、こうした流れの中にあったのでしょうなあ。

 

 

こちらは1435年頃にフランスで作られたという「時祷書」の零葉ですけれど、聖セバスティアヌスの殉教を描いたこの一葉には、こんな解説が寄せられておりましたよ。

調査により、ミニアチュールの空や衣服に使われた青は、当時金よりも珍重されたといわれる鉱物ラピスラズリを原料とするウルトラマリンであることが判明した。彩飾画家の卓越した技術からも、この写本の注文主がきわめて裕福な人物だったことが推測される。

やっぱりお金持ち用でしたな。ちなみに青の色味を出す絵具として「当時のヨーロッパでよく使われていたアズライト」だけでも高価なところを、ラピスラズリ(そこから作られるウルトラマリン)は一層高価だったようですしね。

 

 

こちらの「時祷書」零葉は、「服のひだには、高価なラピスラズリが原料のウルトラマリンが重ね塗り」されているそうな。ですが、ラピスラズリの主成分が実はアズライトだったりするとは、「ラピスラズリはアズライトより出でて、アズライトより…」てなことにもなりましょうか(笑)。

 

と、思惑違いなどと言いつつ、展示のほんのとば口のお話だけに終始してしまいました。ですので、練馬区立美術館の展覧会のお話はも少し続くかも…です。