およそ70分にわたって全編、『蛍の光』のメロディーに溢れた内容、それが先に読んだ『唱歌「蛍の光」と帝国日本』にも言及のあったCD『蛍の光のすべて』なのでありましたよ。近隣市の図書館が所蔵していましたので、借り受けて聴いてみるのことにしたわけでして、でまた『蛍の光』のお話…(笑)。
そも『蛍の光』の原曲が『Auld Lang Syne』(オールド・ラング・サイン)というスコットランド民謡であるとは夙に知られるところながら、今に『オールド・ラング・サイン』が伝わるまでにも、紆余曲折(曲としての変遷)があったのですなあ。ひとつのメロディーであるはずながら、そのパフォーマンスは実にさまざまなでして、歴史的な変遷を踏まえた再現演奏もあれば、単にメロディーをそれぞれのバンドなりのアレンジで演奏してみせているものまで、バリエーションが実に多い。まあ、それだけこのメロディーに洋の東西を問わず受け入れられる普遍的なものがあったといったらいいですかね。
ただ、本来的にスコットランドでの歌われようは「スコッチスナップ」なる伝統的なリズムで弾むような、つまりは愉快な、陽気な印象があるのだそうですなあ。確かにそうした演奏も含まれていて、なるほどねえと思うところです。しかし、これがどうしたことであるか、日本に入ってくるとゆったりとした曲調になり、付けられた歌詞がもっぱら別れのイメージにつながるものなだけに、ずいぶんと印象が異なるものになりましたな。
考えてみれば(ここのところやたらに『蛍の光』の話をする中では素通りしてしまいましたですが)明治の初めに「なぜわざわざスコットランド民謡であるか?」という点では、賛美歌経由であったと考えるのも自然なことであるかと。なんとなれば、明治になってキリスト教の禁が解かれるますと、続々と宣教師がやってきて教会を建て、学校を作り、その中では西洋音楽受容の一環として「賛美歌」指導が行われてもいたわけで。
ただ明治政府が学校制度を作り上げ、「唱歌」を正課とするにあたって必要な教材、要するに「唱歌集」に賛美歌をそのまんま取り入れるわけにもいきませんから、メロディーだけ借りたのでしょうけれどね。CDには賛美歌バージョンも収録されておりますけれど、曲調の印象としてはまあ、『蛍の光』に近いですな。
一方、同じような頃合いにやはり宣教師による賛美歌を通じてなのか、日本支配による『蛍の光』としての浸透との関わりであるのか、中国大陸でも朝鮮半島でも同じメロディーが全く違う歌として歌われていた…とは先の本にも記載はありましたですが、いずれもこのCDに収録されておりましたですよ。
そんなこんなを考えますと、なかなかに資料的価値のあるコンピレーションとも言えるところでして、このCDを個人コレクションとして折々取り出して聴くというタイプのアルバムでもないでしょうから、これを図書館で所蔵してくれているのはいかにも図書館本来の役割に適うのでもあるかと思ったり(ま、それを都合よく利用しているわけですが)。
一方で、メロディーの借用状況、あるいはさまざまな演奏形態に接しますといろいろと気付くことがあったり、思い巡らすことがあったりしますですね。例えばですが、曲の最後の方に『オールド・ラング・サイン』が引用されているということで収録されていたコミック・オペラ「ロジーナ」の序曲。作曲したのはウィリアム・シールドという英国(イングランド)の作曲家でして、生没年が1748年~1829年ということですので、ほぼほぼモーツァルト、ベートーヴェンの時代の人になりますが、ともすると「パーセル以来、エルガーまで作曲家がいない…」てなふうにも言われてしまう英国音楽にもこうして作曲家はいるではないのと。
ただ、当時としては大いにもてはやされたらしきコミック・オペラ、残らずべくして残らなかったのかもですねえ。曲の印象としては、「ああ、モーツァルトの時代だあね」という印象ですけれど、後世に残ったモーツァルトと比べては申し訳ないながら、「悪くない…」というところでありましょうか。
ところで、演奏形態のバリエーションとしては日本に導入された当初、ピアノはもとよりオルガン伴奏も楽器入手が難しいという時代、琴と胡弓による伴奏版が作られたそうで、そんなバージョンも収録されておりまして、まさに「時代」を思わせるものですなあ。
また、ディキシーランドのブラスバンド版、はたまたブルーグラス版なんつう演奏も併録されておりますが、ブルーグラス・バンドによるバンジョー入り演奏を耳にしますと、個人的には『走れコウタロー』を思い出してしまったりするという。このCDといえども、さすがに『走れコウタロー』は収録されておりませんですが、バンジョーをフィーチャーしたソルティーシュガーのこの曲は、途中に早口の競馬実況を模した語りが入ることで知られておりますな。その早口言葉の最後は「ホタルノヒカリ(馬名ですね)かまどのゆき、あけてぞけさはわかれゆく~」と締めくくられる…とまで紹介しますと、思い出される方もおいでになろうかと(笑)。
そんな茶化しにも使われてしまうものの、インド洋の島国モルディブでは『オールド・ラング・サイン』のメロデイーに新たな歌詞を付けて国歌とされていたようですなあ。モルディブは英連邦の一国で全く関わりないとも言えないと思わないではないですが、それにしてもこのメロディー、洋の東西を問わず、およそヒトの心に訴える普遍性を持っているのであるかなと、改めて思い知らされたような次第でありますよ。