毎日、寒いですなあ。まあ、冬なのですから当然といえば当然なのですが、そんな折も折、これは真冬に見る映画ではありませんでしたなあ。タイトルから想像してしかるべきところではありましたけれど、ついうっかりと。ドイツ映画の『水を抱く女』でありましたよ。

 

 

主人公の名前はウンディーネ。フランス語でいうオンディーヌの方が知られているかもですが、ヨーロッパにキリスト教以前にあった自然信仰の名残でしょうか、地水風火、いわゆる「四大元素」にはそれぞれを司る精霊がおりまして、その水の精がウンディーネであると。人間の男性と結婚するものの、相手が心変わりすると、その男性を殺さなくてはならない宿命を背負っている…そんな言い伝えを元に作られた映画なのでありました。まあ、形を変えて人魚姫の伝説にもつながる話かもしれませんですね。

 

ディズニーあたりが手掛ければ、ファンタジック・コメディーに仕立てるような気もしますが、ここではひたすらにクール。日本語的な語感で言うところの「冷たさ」「ひややかさ」が全面に横溢していて、しかも(いかにも冷たそうな)ドイツの湖沼に潜る水中シーンなどふんだんだものですから、見ていて「ぶるる」となってしまうわけですね。これだけの冷やかさを感じさせる点をとっても、映画としては成功と言えるのかもです。

 

さりながら、その冷やか感に大いに手を貸しているのが音楽ということになろうかと。全編にわたって繰り返し、バッハの協奏曲二短調BWV974 の第2楽章アダージョが流れるのですなあ。予てバッハの作品はその透徹さから「冷たい」印象を感じていたものですが、鍵盤楽器の独奏用に書かれたこの作品、元はチェンバロで演奏されたにせよ、映画ではピアノ版でもってこれがなおのこと冷たい…。

 

Youtubeでは、グレン・グールドの演奏にかぶせた映像がひたすらにさざ波だつ水面を映しているのも偶然ではないのかも。やはり冷たい水との親和性をイメージする人がいるということでありましょう。

 

とはいえこの作品、実はアレンジものなのであって、原曲はイタリアの作曲家アレッサンドロ・マルチェッロのオーボエ協奏曲だものですから、こちらも改めて聴いてみることに。演奏はハインツ・ホリガーのオーボエとイ・ムジチ合奏団の共演でありますよ。

 

 

バッハとは関わりのないところで、ホリガーのオーボエにはやはりある種の冷たさを感じておりましたけれど、基本的に同じ曲であるのに、ここでのホリガーのオーボエはむしろ温かみを感じるような気がしたものです。これは(まあ、印象ですけれど)それほどにバッハの編曲がより冷たい水を想起させるものになっているからでしょうかね。バッハのアレンジが本来の合奏形態でなくして、鍵盤楽器独奏という形であるのも印象の後押しになっているかもしれません。

 

以前にも触れたことはありますけれど、バッハの曲には(まったくもって良し悪し、好悪は別として)計算され尽くしたところがあるように思うわけで、それが透徹さ、冷たさを感じることの一因なのでもあるかなあと思い返すことになったのでありますよ。つい先日のEテレ『クラシック音楽館』で戦後日本のピアノ音楽が取り上げられていましたけれど、どっぷり現代音楽の響きと思えるところを聴きながら、バッハの透徹を思い出したりしたのも、計算づくとの関わりはありましょうなあ。

 

とまあ、すっかり映画の話ではなくなってしまいましたけれど、もしもこの映画、ご覧になるならば是非夏場にご覧くださいましね(笑)。