近所のスーパーを覗きますと、店内で製造しているらしきパンの類が、消費期限が近付いたということでしょう、割引販売されているのを見かけるのですな。まあ、どこの店でも見かける風景かもしれませんですが、目にしたときには割と利用(購入)したりしておりまして、安くなっているということ以上に気になるのはフード・ロスの方でしょうかね。

 

そんな折、昨年末のあるときに新聞で「宅配パン おいしい挑戦」という記事に目が留まったのでありますよ。注文に応じて作ったパンを顧客宅宛てに配達してまわっているというパン屋さんのお話。「売れる確約のないパンを店頭に並べないので、売れ残りも生まれない」と。

 

パンに限らず商売で扱うものは売れれば売れるほど良いと考えるのが当たり前で来ていたように思うところです。大量生産、大量消費。これこそ、人間が長い時間を掛けて導き出してきた経済のありようであって、「それこそが良い」と考えられていたのではなかろうかと。

 

人間の歴史は過去から現在、未来に向けて、基本的にはいい方に進んでいる…ということを信じて疑わずに来ていたものと思いますけれど、それが幻想でしかないことがだんだんと分かってきていますですよね。それにもかかわらず、なかなか変えることができないでいるのが、悲しいかな、人間でして。

 

かつて営業という職種にも携わっていましたけれど、そこではたくさん売ることがいいことであって、売ってさえしまえば後は野となれ山となれ…というところがあったかと。売るための工夫に頭を使って、事がうまく運んだ(売上が上がった)ときには何やら達成感のような満足が得られる。それをもって、とにかく良しというわけです。ですから、何につけ、そんなにモノが必要だろうかと考え始めることは経済の理屈に合わないことにもなってしまうのですなあ。

 

がしかし、現実にいらないものはいらない、売れ残るものは捨てられる。その廃棄にも人手やお金がかかって、いったいどういうこと?だったりもするわけです。食品という、ヒトが生きていくうえで必要不可欠なものであっても、過剰生産は無駄以外の何ものでもない。そのあたりに細々とながら、気に掛けた商売というのが出てきていることに、人間も捨てたものではないのかもと思えてもくるところであろうかと。

 

新聞記事では、取り上げられていたパン屋さんとは別に、やはり廃棄無しを目指したパン屋さんの挑戦として『捨てないパン屋の挑戦 しあわせのレシピ』という一冊の本が紹介されていましたので、読んでみることに。

 

 

あかね書房という出版社が扱って、その文字の大きさからしても子供向けと思える一冊ではありますけれど、やはり示唆には富んでおりますね。フード・ロスの問題はもとより、日本における食料自給率にも話は及んでおりますし。

 

物事が世界規模で進む世の中ですので、輸入だろうがどんな方法だろうが食べ物が安く手に入ることを消費者は望んでおり…てなふうでもありましょうけれど、それこそが経済の現状にからめとられていることなのだろうなあと思ったり。そんなことを思うにつけ、大きな経済のうねりの中で個々人にいったい何ができようか?てなふうに思えてしまうところながら、本書の著者が読み手に送るメッセージが先の新聞記事でも紹介されておりましたなあ。

消費者向けには、井出さんは閉店間際の品数が少ないなどの「売り切る努力をしている店をできる限り選ぶ」ことを勧め、 「買い物は投票。社会に影響を与える一票」と語った。

まあ、そうだろうなあと思いつつ、だからといってこれで世の中変わるものであるか…てなところもありますが、だからといって黙っていてはそれこそ何も変わらない。となれば、やってみるにしくはなし、なのでしょうなあ。少なくとも売れ残りを買うことをよりは、少しだけ踏み出すことにはなるかもしれませんですね。