インターネットを利用して何かしら検索しますと、その後には検索したことに関わるような広告が出てきたりしますし、動画サイトでは「あなたへおすすめの次の曲」とか、VODのサービスでは「あなたへおすすめの次の曲」とか、ざくざく出てきますですねえ。これを便利と思う方もおいでなのでしょうけれど、個人的には「うむむ…」と。確かに引きはいいように思うものの、これに釣られてばかりでは視野狭窄に陥って新しい発見がなさそうにも思う…とは、以前から書いているとおりでして。

 

さはさりながら、今回ばかりはちと釣り上げられてしまいましたなあ。U-NEXTでたまたま「次におすすめ」みたいに出てきた一作をついつい。フランス映画の『めぐり逢う朝』という作品でありましたよ。

 

 

だいたい(と、興味をそそれられて見ておきながらなんですが)作曲家マラン・マレを取り上げて映画を作ろうとは、よくまあ、思いついたものですな。時代はフランスの太陽王ルイ14世の頃、ヴィオール(ヴィオラ・ダ・ガンバ)奏者として宮廷にも仕え、数多くヴィオールのための曲を残したことで知られるマラン・マレですけれど、果たして当のフランスでも(古楽好きの方々を除くと)どれくらいの知名度なのでありましょうか。日本に置き換えてみるならば(とは、いささか無茶を承知で)、八橋検校を主人公に映画を作るようなものでもあろうと思ったりするところです。

 

ではありますが、映画の中でも実はこちらが主人公なのではないかとも思うところながら、師と仰いだサント=コロンブというヴィオール奏者・作曲家が謎に包まれた人物(怪しげとかいうことでなくして、詳細不明と言う点で)だけに、この師匠(とその家族)とマラン・マレの関わりに想像をたくましくして物語を紡ぎたくなるのは、分からなくもないですな。見出せない史実の間隙を、想像で補う。そそられるところではありましょう。

 

師匠のサント=コロンブは相当にヴィオールの腕前で知られていたようですけれど、宮廷に仕えよう、栄達を得ようといった気持ちは微塵も持ち合わせておらないようす。「音楽」を(ともすると神より上におくほどに)絶対視して、音楽を出世の手段にしようなど俗の極みと思えるわけなのですね。そんなふうですから、元より隠遁傾向にあるわけですが、あるときその評判を聞きつけて、若いマラン・マレが弟子入りに現れるのですな。

 

若いだけに野心もあり、それを見抜いたか、一度は弟子入りを断るサント=コロンブですが、娘のマドレーヌの口添えもあり、また音楽性を認めるところもあったか、師弟関係が始まるわけです。一方で、最初のとっかかりからしてもマドレーヌとの関係もできあがっていくのですなあ。

 

ざっくり端折れば、やがて頭角を現した弟子は宮廷お抱えとなり、栄達の道を歩み始める。まあ、マドレーヌとの関係もそこまでということになって…という話になりますけれど、何がいいって全編に溢れるヴィオールの音楽が実に素晴らしいのでありますよ。

 

ここでもっぱら扱われるのはイタリア語のヴィオラ・ダ・ガンバとして知られるバス・ヴォオールで、その音は人の声に近いと言われて、後世のチェロもまたそのように言われることがありますが、楽器の進化は音に一層の艶やかさ、輝かしさを与えたところながら、祖型であるヴィオールの方が断然に自然な発声に近いように思えます。また、深いためいきのような息遣いが伝わってくるところでもあるのですね。

 

ということで(地味な題材ながら)興味深く『めぐり逢う朝』を見たところで、やはりヴィオールの音楽をもそっと聴いてみたくなるのは致し方のないところかと。思いがけずも最寄りの図書館(中央図書館から取り寄せるならいざ知らず)に、よくまあ、あったものだと思えるマラン・マレのヴィオール曲を収めたCDがありましたので、早速に借り出した次第です。

 

 

マラン・マレが作ったヴィオール曲は舞曲が多いようなのですけれど、ここで取り上げられているのは「性格曲」という、いわば標題音楽的なる曲の方なのですね。でもってまず一曲目、やおら深い深い息遣いの中に落とし込まれたような気にさせられる始まりからして、なんとまあ、「人間の声」という標題が付いているではありませんか。

 

「人間の声」で始まって、ヴィオールの音楽の技巧的なところも含めてさまざまに聴かせてくれていった後、最後にくるのが、これまたなんとまあ、「夢見る女」という一曲。映画の中では「夢見る人」として、マラン・マレがマドレーヌを想って書いた曲となって出てきておりまして、これがですね、「くぅ~!」と沁みるのですよねえ。

 

いささかの思い込みにもなりますけれど、このCDは(カバー写真のとおり)ヒレ・パールという女性奏者によるものでして、この方がなんとはなし、映画の中のマドレーヌを思わせるのでありますよ。サント=コロンブの娘として、父親から手ほどきを受けてヴィロールを達者に弾きこなすマドレーヌ。その印象が蘇るではありませんか。

 

映画とCDとの相乗効果で、マラン・マレのヴィオール曲に沈潜したひととき、なかなかに心豊かな時を得たものでありましたよ。一概に「あなたへのおすすめ」を忌避するものではありませんなあ(笑)。