東京都の曼防が続く中では「君子危うきに近寄らず」とばかりに相変わらずの多摩籠りでして、美術展といっても近隣・立川にあるたましん美術館へ出かけたのでありました。「The Adventure of Fine Art Prints」という展覧会で展示替えのあった後期、Part2にあたる「版画からグラフィックアーツへ」との展示を見てきたのでありますよ。
基本的には版画展であるという心づもりで臨んだですが、版画領域の拡大を思うところとなりましたなあ。何しろ、エッチング、ドライポイント、アクアチント、リトグラフ…と、従来の版画展でもおなじみの技法による作品に混ざって、インクジェットプリントによる作品もまた展示されていたわけでして。これ以前にシルクスクリーンでも、もはや「印刷じゃね?」と思ったりするところですけれど、そもそもからして版画と印刷の区分けはあいまいではありますね。
芸術作品として生み出される「版画」は、本来たくさんの複製が作れるというアドバンテージがありながら、あえてこれを放棄(例えば原版に傷を付けてしまうとか)して、その稀少性の点でも価値を付加したりするわけですが、「印刷」の方は必要なだけ、追加が必要ならいくらでも作り出すことが求められておりましょうから。
もっとも、インクジェットプリントと言われますと印刷技法かと思ってしまうわけですが、その実、他の版画作品とは異なって、作品を生み出す元はおそらくコンピュータのソフトウェアでもあろうかと。インクジェットプリントというのは、単に出力の方法というだけであって、作品作り、描くという段階のことではないわけですね。
もちろんPCソフトで描こうが、印刷することで作品化される(データとして格納された状態で作品とすることもできましょうけれど)となれば、版画との類似性無きにしもあらずながら、これを単純に版画とはやはり言いにくい。となれば、本展タイトルに添えられているように「版画からグラフィックアートへ」ということにもなるのでしょうなあ。領域の拡大でありますよね。そんなこともあってか、本展を美術館と共同企画したという武蔵野美術大学では、版画専攻を2023年度からグラフィックアーツ専攻に名称変更するのだそうでありますよ。
ともあれ、そんなグラフィックアートとして生み出されたものを見てみますと、コンセプトアーティスト/イラストレーターであるという緒賀岳志作品はその近未来SF的ながらレトロな風情をまとったディストピアが描かれて、あたかもゲームの世界であるかのよう…と思えば、知らなかったのは自分だけでありましょうか、「ファイナルファンタジー」のシリーズにも参画しているアーティストであったようで。
かつてはキャラ立ちがもっぱら焦点でもあったろうゲームというものも(といって、個人的にはほとんどかすってもいませんが)非常に物語性を孕んだ世界を作り出して見せるものに変わっているようで、それをビジュアルで見せることがとても大きな要素になっておりましょう。そして、かような世界を作り出すのにはもっぱらCGが使われるのでありましょうね。展示されていた『GRAVITY DAZE』メインビジュアルも、そうしたもののひとつでありましょう。
しかしまあ、本来的にはデータとしてPC上に表示可能なものではありましょう(ご当人のサイトでも割と大きめに見ることができます)けれど、これがプリントアウトされて、しかもそうとうな大判(縦273cm×横166cm)で壁面を飾っているところを見ますと、そのものが作品然とするところがありますし、またその立体感、遠近感をつぶさに眺めることができますですね。こうしたあたり、グラフィック・ソフトを使ってこその技でもあるかと思うところです。
また、もう一つの緒賀作品、『最終人類』カバーイラスト(こちらは本のカバーに使われたもの)では、ずいぶんと作風の異なる印象なのですが、作者の個性とも思しき「作風」を自在に変えられるのもPCソフト使用ならではでもあろうかと。
ところで一方、従来型(といってはなんですが)の版画作品も健在でありますね。宮寺彩美のリトグラフ小品は、ムツゴロウやきつねのお面、はとぶえなどの小物を余白たっぷりの中央に置いて、人の目を吸い寄せている。先に見た緒賀作品がかなり大きなものでしたので、30㎝ほどの小さな額に入った作品はワンポイントの室内飾りとして和むなあと思ったものです。
ということで、思いがけずも、想像以上に楽しめる展覧会でありましたよ。