この間、読響演奏会を聴きに池袋に出かけた折、途上で大塚に寄ったのでありますよ。

といっても、JR山手線・大塚駅から南に続く駅前の通りを下って、春日通りにぶつかるところにある

東京メトロ丸の内線・新大塚駅の方でありますけれど。

 

東京メトロ丸の内線は大学への通学に利用していたことでもあり(当時は営団地下鉄でしたが)、

沿線各駅はそれぞれに何かしら思い出されるところがありまして、新大塚駅といえばその近くに

かつて大塚名画座という映画館(旧作の2本上映でしたな)に少々通ったのですなあ。

 

何しろVODはおろか、レンタルビデオさえ無い時代、「シティロード」や「ぴあ」という情報誌で

名画座の上映ラインナップをじっくり眺めたものでありましたよ。

たぶん大塚名画座は好みに適う組み合わせ上映があったのだと思います。

 

と、思い出話はともかくも、このほど新大塚駅に降り立ったのは目的があってのこと。

豊島区の文化施設の中に「鈴木信太郎記念館」というのがあると知り、出かけてみたという次第です。

 

地下鉄の駅を上がって春日通りの喧騒からすぐに逃れて裏道へ。

道を一本、裏に回っただけですっかり静かな住宅街となりますが、

その片隅に鈴木信太郎記念館はありました。建物は大谷石の擁壁の上に建っておりますよ。

 

 

ところで、鈴木信太郎とは?ですけれど、ちょいと前に韮崎大村美術館を訪ねたときに

鈴木信太郎展をやっていたものですから、この画家のことと思い込んでおり、

豊島区に住まっていたのであるか…てな思いで出掛けていったのですなあ。

 

これが全くの勘違いであったことに、入館して初めて気付かされたのでありますよ。

実はここに住まって、今は記念館とされている鈴木信太郎とはフランス文学者だということで。

 

 

とんだ思惑違いながら、せっかく訪ねたので当然に邸内を拝見することにしましたですよ(無料ですし)。

まずはこの重々しい扉の向こう、書斎棟へと入ってみます。

 

 

「マラルメなどの象徴派詩人や、ヴィヨンを中心とする中世文学を研究し…、

稀覯本蒐集家としても知られ」るという鈴木信太郎の書庫兼書斎なわけですけれど、

かつてフランス留学から帰国の際、彼の地でせっせと集めた古書を別送の船便で送るも

貴重書を積んだ船の火災により焼失してしまう…という苦い経験から、堅牢な書斎を設けたのだそうです。

ちなみに外から見ても書斎部分だけは、いかにも頑丈そうでありますな。

 

 

されど内装は至ってシック。書棚が林立して、広がりある空間とは言えないものの、

かといって圧迫感はありませんので、蔵書に囲まれひとり静かに思索に耽るに打ってつけではありましょう。

 

 

フランスの詩作に関わる蔵書が多い中で、「シラノ・ド・ベルジュラック」関係のコーナーがありましたな。

「シラノ」はエドモン・ロスタンが戯曲を書いた19世紀末としてはもはや古風な韻文詩ですので、

これも研究対象だったのでしょうな。昔々の文学座公演@三越劇場の際に使われた翻訳に携わっているようです。

 

 

ちなみにこの公演、Wikipediaの上演記録にあたってみますと、

シラノ役は三津田健(この役が当たり役で「シラノ役者」とも呼ばれたとか)、ロクサーヌ役は杉村春子であると。

TVドラマのおばあさんとしてしか見たことのない杉村春子も、往時は華々しい舞台女優だったのですなあ。

 

続いて建物としては書斎棟の反対翼にあたる居住空間の方へ。

茶の間に入ってみると、いかにもな日本家屋のありさまではなかろうかと。

 

 

でもって、この茶の間を抜けた先にはさらに古風な印象の日本間がありましたですよ。

何でもこの部分は、埼玉・春日部あたりの地主であった鈴木本家の、明治20年代の建物を移築したものとか。

鉄筋コンクリート造の書斎があったり、明治20年代の日本家屋がくっついていたり、雑多な感じがあるものの、

まあ、住まう側にとって勝手が良ければいいのですよね。最初から見てくれのいい建物として見られるように

考えられていたわけではありませんから、当然ではありましょう。

 

 

外から見ると、「ああ、あの渡り廊下然としたところから先が移築した古い建物だあね」と知れますが、

かといって違和感を抱くでもなくそこにあるといったふうではありました。

 

とまあ、勘違いで訪ねた鈴木信太郎記念館。それなりに興味深く眺めてきましたですよ。

もちろん、フランス文学に造詣ある方であれば、さらに興味は尽きないものがあったことでしょうけれど。