劇作家エドモン・ロスタンは知らずとも、「シラノ・ド・ベルジュラック」という芝居は、
少なくともその題名はよおく知られたところでありましょう。
だからこそこの映画、原題「Edmond」を、「シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!」としたのであって、
この邦題からどういう話かなと考えるのは、少々的外れに導かれるかも。
見終わってみれば、想像できないところでもありませんけれど。
時は19世紀末のパリ。エドモンの新作「遥かなる新作」初演の劇場から物語は始まるのですね。
劇作家とはいっても、根っからの詩人であると自負しているエドモンが書くのは韻文の詩劇。
古典的で格調高いものではあるも、世紀末の人々には「今さら…」と、戸惑いを隠せない様子で、
途中退席者も数知れず。劇場からは早期打ち切りを申し渡されてしまう始末なのですなあ。
稀代の女優サラ・ベルナールが演じてもこの状態とは、もはや観衆には飽かれてしまっていたのかも。
さりながら、当時の日本においては七五調の名セリフで知られる河竹黙阿弥が大活躍で、
たとえて言えば泰西の韻文詩にも擬えようかという、この古風な調子が日本の演劇世界では
人気を博していたのですよね。
折しも先日放送されたEテレ「古典芸能への招待」では
河竹黙阿弥の「三人吉三巴白浪」から「大川端庚申塚の場」が取り上げられて、
「月も朧に白魚の篝も霞む春の空 冷てえ風も微酔に 心持よくうかうかと…」という
お嬢吉三の名台詞が聞かれましたですが、今においても「ん、名調子!」てなところかと。
(人や年代にもよりましょうが…)
話が逸れてますが、日本ではそんなようすもあったところが、洋の東西、彼我の違いは著しく、
エドモンの韻文詩劇はどうもあくびものと受け止めれてしまったようです。
ところが、とある大きな依頼がエドモンに舞い込んで、大急ぎで芝居を一本仕上げねばならないことに。
そも何を題材にするかも決めかねる中、稽古の日取りは迫ってきて…という追い込まれた状況の中、
見出したのが「シラノ・ド・ベルジュラック」であったようで。
しかしまあ、今に伝わるシラノが大きな鼻にコンプレックスを持ち、
愛しいロクサーヌには己が心を伝えかね、されど情熱的な詩作に長け、剣術の腕も大したもの…と、
このような人物であるとされるのは、もっぱらエドモン・ロスタンの創作の力であったようで。
実在したシラノは、確かに詩を物すこともあったでしょうけれど、作家としての方が知られるようで、
17世紀の人ながら『月世界旅行記』などというSFのような作品を残しているのだとか。
夢見る人であったことには違いないかもしれません。
ともあれ、そんな実在の人物をモティーフにしてエドモンが想像をたくましくし、
今に伝わるシラノ像を作り上げたわけですが、これが今に伝わるということは
エドモン・ロスタン作「シラノ・ド・ベルジュラック」は大成功を収めたわけでありますね。
これが韻文詩劇の復興にも一役買うことになったでしょうか。
とまれ、劇作を依頼はされたものの「書けない…」という状況にあったエドモンが、
なんとか題材を得て書き始め、稽古の進行になんとか間に合わせつつ、
物語を完成させていくようすを、コメディー味たっぷりに描き出したのがこの映画。
驚くようなひねりがあるとか、そういうことではありませんけれど、これは面白かったですなあ。
芝居に関わる人ならば、なおのことかもしれません。
話の中ではシラノとロクサーヌに見立てたようにエドモンとジャンヌが配置されていて、
妻がありつつもジャンヌにミューズを見出すエドモンの姿には、
ピカソやクリムトなどなどなど芸術家に女性遍歴が多いのはこういうことなんだねえ…と
思い至ったりもしたものでありますよ。
で、邦題の「シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!」とは、
作品の完成を目指して右往左往するエドモンの思いとも取れなくはないですが、
むしろジャンヌ目線のひと言でありましょうか。そんな気がしたものでありますよ。