比較的近くの美術館として贔屓(?)にしているひとつ、八王子市夢美術館に行ってきたのですね。

企画展は「自転車のある情景」というもの。自転車を描き込んだ絵画を集めた展覧会と

思い込んでおりましたが、会場内にはいくつもの自転車(そのもの)が並んでもおり…。

いささか予想外の展開ではありましたですよ。それはそれで面白かったのですけれどね。

 

 

絵画展であると思えば、まずもって並んでいるのは自転車草創期の19世紀末、

積極販売を目的として街角に貼られたであろうポスターが多種多様に並んでいるわけですが、

そこに歴史的な形をした昔の自転車もまた並んでいたのですなあ。

 

そも自転車のプロトタイプと考えられているのは、

1817年にドイツで発明されたドライジーネという乗り物であるそうな。

さすがにこれの現物展示はありませんでしたので、ドライジーネという音的に

ドイツ語の「drei」(数字の3)を思い浮かべ、もしかして三輪車だった?と思ってしまったり。

 

実際には発明者カール・フォン・ドライス男爵の名前からドライジーネ(Draisine)と命名されたようで、

やっぱり二輪車でありましたよ。ただし、駆動に関わる仕組みは搭載されておらない。

要するに足で地面を蹴って推進力を得るタイプですな。

またがって座るサドルの付いたキックスケーターの如しです。

 

やがてペダルを踏みまわして前進させるタイプが登場しますが、最初は前輪にペダルを直付けした形。

1860年にフランスで開発されたミショー型という自転車ですけれど、この当時はまた今のようなタイヤでなく

木製の車輪に鉄の輪を巻き付けただけでしたので、振動が酷くて「ボーン・シェイカー」なる異名をとったそうな。

 

道も舗装されてはいかなかったでしょうし、ご存知のとおりヨーロッパには石畳が多いですから。

かつてベルギーのゲントを貸自転車で走り回った時にも、がたがたと結構難儀したものです。

もちろん、現代の自転車ですけれど。

 

で、このミショー型を改良(?)して、登場するのがオーディナリー型というタイプ。

やはりフランスで1870年頃に登場したようですが、これが昔の自転車としてはお馴染みの

やたらに前輪が大きいタイプですね。なんだってこんなに乗りにくそうなほどに前輪を大きくしたのか?ですが、

答えはスピードを出せるようにということのようで。

 

奇しくも先日、NHK「世界ふれあい街歩き」でニュージーランドの町オアマルを紹介する回を見ていましたら、

今でもビクトリア朝の風俗衣装などを愛する人々の多いというこの町を、颯爽と巨大前輪の自転車が

走り抜けて行くようすが映し出されておりました。スピードはかなり速かったので、なるほどなあと。

動き出しにあたっては押して勢いを付け、ペダルに足をかけて飛び乗る、そんなふうでした。

 

しかしまあ、そうは言っても広く普及するには不安定さは否めなかったのでしょう、

何しろ次に登場したタイプがセーフティー型と呼ばれたくらいで(笑)。

1885年に英国で作り出され、ほぼ今と同じ形の自転車はたちどころにヨーロッパへも広がったようで。

 

普及の過程ならではと思いますが、自転車売り込みのポスターに交じって、

1890年代の自転車教習所の宣伝ポスターもあったりしましたですよ。

 

 

こちらは自転車販促用ポスターのひとつ(部分)ですけれど、家族揃って楽しいサイクリングというわけですなあ。

一見したところでは三人連れのようながら、右側の(たぶん)おかあさんの前におとうさんらしき背が見えるので、

ご両親はタンデムに乗っているのでしょう。真ん中の女の子がスカートを翻して自転車をこぐ姿には、

ついついジブリの映画でも出て来そうな子だなあと思ったものです。

 

それはともかく、1894年には第2回自転車展覧会(当然、これ以前に第1回があったのでしょう)が開催され、

1896年の近代オリンピック第1回アテネ大会では早速に自転車競技が正式種目になっているとは?!

あまりに速い普及スピードでありますなあ。

 

 

ちょうどその頃に制作されたという、このロートレックのよく知られたポスター(部分)では

後からもはや追い抜いていかんとばかりに迫っている人物が描かれておりますが、

コンスタン・ユレという実在した長距離のプロ選手だとも言われているそうな。

すでにプロ選手もいたということで、ちなみにツール・ド・フランスの第1回大会は1903年のことだそうです。

 

という具合に、この後も自転車の歴史をたどって、

1964年の東京オリンピックでの自転車競技(ロードレースが八王子市で開催された)の関係資料、

さらには流線形フォルムが斬新な近未来的な自転車なども展示されておりましたけれど、

最後にひとつだけタブロー作品(展示数自体少なかったですが)に触れるとすれば、

本展フライヤーの左上に配置されたフェルナン・レジェの「美しい自転車乗り」(1944年)でしょうかね。

 

レジェ作品には工場や機械などを通じて、近代化、工業化といったところを見て取れるものが

多くあるわけで、自転車もそんな象徴の意味合いもありましょうか。

ただ、ここで「美しき~」と言っているのはサーカスの自転車乗りであるかなとも。

よもやコナン・ドイル作『シャーロック・ホームズの生還』にある短編、

「美しき自転車乗り」(「孤独な自転車乗り」とも)のイメージではありませんですしね。