「ミケランジェロの暗号」とは完全にタイトルに騙されてしまった映画であったなあと。
ドイツ語の原題が「mein bester Feind」であることからしても、
ミケランジェロの作品に籠められた暗号のようなものがあるのか…という勘違いは
した方が悪いとも言えるのかもしれませんけれど。
1938年、ナチに併合される直前のオーストリア、ウィーン。
画廊を営むユダヤ系のカウフマン家の跡継ぎ息子ヴィクトルと
長年使用人として同居していた女性の息子ルディとは兄弟のようにして育ったのですな。
さりながら、ナチスに乗っ取られたオーストリアではユダヤ人迫害が顕著になり、
カウフマン一家も収容所送りとなるわけですが、あろうことかルディが
ナチス親衛隊(SS)の一員として屋敷に乗り込んでくることに…。
オーストリアがナチに乗っ取られたと言いましたですが、
そもオーストリア国内にもナチ党はあったわけで、党員もいたのですよね。
そして、併合により進駐してきたドイツ軍は各地で熱烈歓迎されたということでもありまして…。
このあたりの背景を、そしてルディの心理状況なども勝手に想像してみますれば、
ドイツにしてもオーストリアにしても第一次大戦で敗戦国になってしまったことが
大きく関わっていそうです。取り分けオーストリアは帝国解体の憂き目を見て、
大国が一気に小国に成り下がったのですから。
それ以前のオーストリア帝国、かつてのハプスブルク帝国、神聖ローマ帝国は
大きな領土を誇っていただけに多民族国家であったわけですね。
それをひとつの国としてうまく回すには、どの民族であっても帝国国民であれば
(表立っては大きな)差別が生じない(目立たない)ようにしてもいたろうと。
そうはいっても、基本的にはゲルマン系が一等国民でといった意識は常にあったでしょう、
何しろレイシズムは今でも無くなっていないくらいですから。
そんな差別意識を内に抱えながらも、大帝国であることが拠りどころとなって
何とかまとまっていたものが、帝国瓦解によって小さなゲルマン系の国になってしまった。
差別意識を隠す必要がなくなってしまったとも言えましょうかね。
そして、敗戦国の汚名から立ち直るよすがが欲しいときに、
ドイツ同様、ナチの威勢の良さに酔ってしまったのかもしれません。
こうした状況下、ルディにしてみれば、金持ちユダヤ人の使用人の息子として、
カウフマン家の扱いは実の息子と兄弟のようにふるまっていられた点で文句は無いものの、
ユダヤ人に面倒を見られているとの忸怩たる意識がだんだんと育っていったのであろうかと。
そこで自分が本来の自分としてカウフマン家に対するにあたり、SS入隊という行動となった。
そんなふうに想像したものでありますよ。
で、映画の話に戻しますと、ミケランジェロがどう絡むのかと言いますれば、
ローマ・サンピエトロインヴィンコリ聖堂にあるモーゼの像、その自筆デッサンをカウフマン画廊が手に入れ、
これをムッソリーニ訪独のみやげにしたいヒトラーから「回収せよ」との厳命をSSが受けるのですな。
「おとなしく出せば、カウフマン家は助かるかもしれない」と、ルディはヴィクトルに迫るのですが、
隠し場所は杳として知れず。そのうちに、ルディとヴィクトルが乗った独軍機が墜落するというどさくさにまぎれ、
なんとまあ、ヴィクトルがSSに成りすまし、ルディがユダヤ人と思い込まれる事態になって…とは、
Wikipediaに本作が「戦争サスペンスコメディー」と紹介される所以でもありましょう。
とまあ、かようにミケランジェロに暗号が隠されているわけでもなんでもない話でして、
作品としての出来はともかくも、オーストリア(とルクセンブルクの合作)で作られたこの映画、
ユダヤ人迫害にも触れながら当事国でありつつも、コメディーに仕立ててしまうあたり、
懐深いというのでしょうか、なんと申しましょうか。
一時のオーストリア事情を考える機会にはなりましたけれども。