もうずいぶん前になりますが、とにかくなんでも見てやろう的に美術作品との遭遇に

やっきになっていた頃のこと。興味の持ち始めでアートに渇く感があったのでしょうなあ。

そうした中で会田誠の作品に出くわしたわけですけれど、「この人、取扱注意じゃね?!」と思ったものです。

 

その後長らく名前を聞かないままになっていましたが(まあ、渇きが落ち着いたこともありましょう)、

最近になって青山通りから神宮外苑の絵画館へと続く並木道に「東京城」なるオブジェが出現、

これが会田誠作ということで、ああ、頑張っておられたか…と思ったような次第。

 

でもって近年の活動の中には小説を書くてなことも入っておったようで、

近作の『げいさい』を読んでみたのでありました。

 

 

「げいさい」というのは「芸祭」、つまりは芸術祭のことで、要するに美術大学の学園祭ですな。

芸大を目指して二浪中の主人公が同じ美術予備校から多摩美術大学に進んだ友人に誘われて出かけた

多摩美の芸祭の一夜のようすと回想を交えた物語なのでありますよ。

 

これがまず一般的な青春物語的なところを読み覚ますものでありまして、

思い出したくもない?大学時代のことがあれこれと蘇ってしまうのですなあ。

個人的には困ったものです(笑)。

 

まあ、懐かしいなあというふうにも思いますけれどね。

書き手たる会田誠の自伝的なお話でもありそうなだけに、

1965年生まれという会田が遭遇した学生気質といいますか、

そういったものに近い年代である者としては「そうであったなあ」と思ってもしまうわけで。

 

一方で、大学生を描く話とはいえ、たぶんにフツーでないと想像される美大、美大生となると、

知らない世界を覗く密やかな楽しみのようなものもありますですね。

 

学園祭でどでかい音量の音楽が流れ、ただただ盛り上がり、痛飲し、夜を明かし…てなあたりは

先にも触れたように一般的な(といっていいのかどうか)大学、大学生の姿でもありましょうけれど、

美術、アートの動向を巡って交わされる議論、はたまた美大進学と美術予備校の切っても切れない関係など、

普段知り得ぬ異界を垣間見た気にもなったものです。

 

美大を目指すにあたっては、絵を描くのが好きだ、絵描きになりたい、絵を描くことぐらいしかできない…と

それぞれに動機があるものと思いますけれど、卒業後に社会人として(?)自立的に食っていくことができるかを

考えてみたときに、美大という選択は、俗な言葉で言いますと何ともつぶしがきかないというべきでしょうか。

 

本書の中でも、デザイン科あたりは就職に引く手あまたながら、油絵科は…てな話も聞かれたりしますが、

美大を経て絵描きとして食っていける人というのは相当に少ない数なのではありますまいか。

 

その点、音大も似たようなところがあるように思えるところでして、

ともすると美大以上に時間と金銭を費やして音大進学の準備が行い、

さて音大を経て音楽家として食っていける人というのはどれほどでしょうかね。

 

もっとも就職の受け皿という点で、美術系は単独で何とかしなくてはならない一方、

音楽の方はオーケストラという大きな器やアンサンブルを組んで何とかするてな方向もあるわけですので、

(それはそれで狭き門ながら)まだしも美術よりはその後の間口がいささか広いような気がします。

 

それだけに美術を極めると考えた時に、その後に食っていけるかを考えていては

おそらくアートの動向を議論するなど時間の無駄とも思えてしまうかも。

ですが、傍目でそんなふうには思うことがあったとしても、今そのときはひたすらに打ち込む時間、

それがまあ、青春なのでもありましょう。

 

話の中ではいわば青春くずれのような年かさの人々も登場し、

それぞれの考え方で美術と関わり続けているわけですが、なかなかに思うとおりにならない方では

言葉を出せば他の批判ばかりということになってもしまったり。これはこれで分かる世界ですけれどね。

 

とまれ、本書の帯に「明るくも切ない青春群像劇!」とありますとおりの印象で、

近頃感じたことのない思いに捉われたりしましたですが、

あの!会田誠が文章を書くと、かくもまっとうな話が出てくるのかというのがいちばんの驚きでもありました。

とまれ、ときどきなんとなく読み返したくなるような、そんな一冊ではありますね。