タイトルに引用しました「音とは自然界のボキャブラリーである」とは、
作曲家 ピエール・シェフェールの言葉としてTV朝日「題名のない音楽会」の終わり際、
「偉人たちの残した言葉」で紹介されていたひと言でありまして。
と、「題名のない音楽会」を見ていて先頃、チンドン屋でお馴染みのメロディーが実は
「美しき天然」という唱歌であったことに気付かされたわけですが、この度もまた発見。
「変わった音のオンパレード!レア奏法を楽しむ音楽会」と銘打った番組は
木管楽器、金管楽器の特殊奏法を紹介する内容でありまして、
ワウワウ・ミュートを付けたトランペットがどんな音を出すかというサンプルに奏された曲に
何とも聞き覚えが。吉本新喜劇のテーマ曲として使われていると言われて、なるほどと。
♪ホンワカパッパー、ホンワカパッパー、ホンワカホンワカワ というあれ(どうぞご想像ください)。
これがいかにもコミカルな印象から、例えば「笑点」のテーマ曲がオリジナルであるように、
やっぱり吉本オリジナルでもあるのかと思っておりましたら、どうやら全く違ったようで。
「Somebody Stole My Gal」(邦題では「恋人を取られて」)という歴としたスタンダード・ナンバー、
アメリカでは随分と知られた曲のようで多くのミュージシャンがカバーしていると。
そうとなれば取りあえず聞いてみようと、またまたYoutubeを覗くことに。
本来に近い?ヴォーカル・ヴァージョンとしてディーン・マーティンの歌ったものと
ジャズ・アレンジのベニー・グッドマンによるものをそれぞれ聴いてみましたところ、
どうしたことでありましょう、ホンワカパッパーと同じ曲であるとは到底思えない。
いずれも同じ曲と結びつけるのにはいささかの聴き込みが必要と思われるくらいです。
何しろ曲名から想像するに、失恋の歌でもありましょうし。
本来的には輝かしく晴れやかなトランペットの音色を
ミュートはわざわざくぐもらせたりするわけですけれど、ことさらワウワウミュートは
とぼけた、コミカルな印象を与える音色になりますですね。
何か下手こいた…というしおしおのぱあ状態を表す際によくワウワウをかぶせたトランペットで
♪ほわっほわっほわ、ほわわわぁ~んというジングル(これもご想像ください)が鳴りますけれど、
かようにコミカルさを演出するアレンジを、何ゆえ失恋の歌に持ってきたのか。
吉本で使われているのはピー・ウィー・ハントの楽団(Pee Wee Hunt and his orchestra)による
1954年のアルバム収録曲がオリジンのようですが、改めてこちらを聴きますと、
これはこれで楽しいショーの始まり始まりという印象。
吉本にうってつけである一方、失恋の歌はどこへ?とも。
ところで、番組本来の趣旨に立ち返りますと、楽器にはさまざまにユニークな奏法がありますね。
いずれにしても、本来の音とは異なる音色がいろいろと求められてきた結果でもありましょう。
楽器というのは、それ本来が出す音自体、人が美しいと感じるような方向へと
進化を遂げてきたものと思いますけれど、そんな中で必ずしも美しい?という音色もまた
求められるようになってきた。ひとつの契機は自然音の模倣のためでもありましょうか。
例えばベートーヴェンの田園交響曲ではいろいろな鳥のさえずりを再現してたりしますが、
後にはどんどんとオーケストラでもって身の回りにある音を再現しようと、
楽器の音色、奏法にも工夫がなされることになったりもしたのでしょう。
その意味で、冒頭に弾いた作曲家ピエール・シェフェールの言葉はまさにの印象。
シェフェールはミュジック・コンクレートという電子音楽で知られる作曲家ということで、
音楽に磁気テープを持ち込んだ張本人であるとも。
自然界にあるボキャブラリーたる音は、実際にある楽器の音色の数を遥かに超えるところから
作曲家が欲しい音を得るにはさまざまな工夫が必要になりましょう。
結果として、電子音楽などにもたどり着いたということなのでしょうか。
音は確かに自然界にありますけれど、それを切り出して研ぎ澄ました「美」に変えたのは
人間でしょうけれど、その人間が自然音への近さを逆に求めるというのも不思議なものです。
そうした指向を突き詰めていくと、まさにそこにある音こそが音楽であるとして、
ジョン・ケージの「4分33秒」のような作品が生み出されることになるのかもしれませんですね。
何やら吉本のテーマ曲てな語り起こしからはずいぶんと違う話になってしまいました(笑)。