例によって、周回遅れのTV番組のお話。
3月6日放送分のEテレ「らららクラシック」はプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番を取り上げておりました。
元より「派手な曲であるな」とは思っていましたけれど、どうやらコンクールの勝負曲と目されているそうな。
これを弾き終えたときには「ブラボー!」が飛ぶ…とは、番組の中での言葉ですけれど、
いかにもな「見映え」を伴う曲でありますね。
ただ、そうした見た目ばかりではなくして、実は(ピアノを弾けない者には思いもよらず)テクニカルな仕掛けが
あちこちあるのだそうですなあ。一本の指で隣り合った2つの鍵盤を叩くのが連続することですとか。
一方、この曲には日本の旋律を感じさせる部分があるということですね。
それも具体的に「越後獅子」の旋律が想起されるのだと。
1918年、革命から逃れ、アメリカに渡ろうとしていたプロコフィエフはシベリアを横断し、
日本海を船で渡って日本へやってきます。ところが、横浜で乗るはずだった太平洋航路の船は出てしまっていた…。
やむなく船待ちで2カ月ほどの日本滞在を強いられることになったプロコフィエフ。
先の「越後獅子」の旋律とは、この滞在中に耳にする機会があったのかもしれませんね。
番組では、京都で茶屋遊びに興ずるプロコフィエフの再現映像がまことしやかに流されたりして。
以前、小説家でもあった?プロコフィエフが書いた短編集を読みましたですが、
そこに「日本滞在日記」が併録されておりまして、2カ月という期間ながらその間に京都・奈良ばかりでなく、
軽井沢や箱根という保養地にも出かけており、茶屋遊びもあったであろう一方、日本の緑豊かな自然の中で
時にゆったりした時間も過ごしたのではなかろうかと思ったものです。読書なんかも進んだことでしょう。
「三つのオレンジへの恋」を読み直した。これをオペラにするというアイデアがたいそう気に入ったし、必ず書こうと思う。 ただし結末が気に入らない。
日本滞在日記の1918年6月16日条にはこんなことが書かれてあるのでして、
なるほど日本滞在が東洋の個性的な旋律に接する機会で、それがピアノ協奏曲第3番に反映されたのであろうと同時に、
「3つのオレンジへの恋」の作曲もまた、日本滞在があらばこそ(とは言い過ぎかもですが)てな部分もあるような気が。
もっとも「3つのオレンジの恋」に東洋的、日本的な旋律が出てくるといったことではなくして、
もとより寓話、おとぎ話的なストーリーである物語だけに異文化世界に身を置く体験が刺激になったかもと。
全く推測ですけれどね。
とまれ、 プロコフィエフほどの異文化・異世界体験によるインスピレーションと比べるのもどうかとは思うも、
ちょっとした気付きというのは何も地理的な距離、文化的な距というものがさほどに離れていなくても
起こることはあるのだろうなあと思うのですよね。もちろん気付きによって生ずる振幅は小さいかもですが。
取り分け、近頃は遠出をしにくい状況がありますし、また明らかに芸術的な出会いを求めるつもりで、
美術館に行こうにも、演奏会に行こうにもそれ自体開催がなくなってしまってもいますし。
(実際、今日は読響の演奏会だったのですけれど、中止になってしまいまして…)。
そうした最中だけに近所を散歩したり、自転車で動きまわれる範囲に出かけてみたりすることで、
「おや?」とか「お!」とか思えることとの遭遇を引き起こしたりもする。
もしかすると、ヒトはあまりに行動範囲を広げ過ぎてしまったがゆえに、
大きな心の揺らぎが生ずるくらいでないと何も気付かないようになってしまったのかもしれませんですねえ。