鳴門市ドイツ館
を訪ねる閉館間際、誠に無念な思いをした翌日になりますが、
この日もやはりお天気には恵まれず仕舞いでありましたよ。
徳島県内をぐぐっと南下してたどり着いたのは日和佐の海岸ですけれど、
「日本の渚百選」のひとつとしてもこの天候では…。
まあ、景観としてはいただけないものの、ここ大浜海岸は
ウミガメが産卵のために上陸してくるところとして夙に名高いのだそうな。
ですから、いろいろとウミガメ押しであることが辺りからもうかがえるわけでして。
ウミガメのための監視小屋があったり、ウミガメの形を彷彿させるトイレがあったり。
はたまたウミガメそのものが立っていると思えば、廻り込むと公衆電話ボックスだったり。
そんな土地柄ですので、当然にあるべくしてあるという施設が存在するわけで、
早速に入ってみることに。日和佐うみがめ博物館「カレッタ」です。
ちなみにカレッタとはアカウミガメの学名であるとか。
ウミガメと聞いて思い浮かぶのは、アオウミガメとアカウミガメですけれど、
日和佐の浜にやってくるのはアカウミガメだということなんですね。
アオウミガメはより暖かい(暑い)地域に棲息しているようです。
ちなみに両者の違いですけれど、もちろん色合いで見分けられるにもせよ、
結構目付きに違いがあるなと思いましたですよ。いかがでしょう。
手前がアオウミガメ、奥がアカウミガメで
アオウミガメの方が切れ長の目、要するに「揺れるまなざし」であると(?)。
ところでウミガメの目と言いますと、
産卵の際に涙を流す(ように見える)と言われることを思い出すところですが、
どうやらウミガメには「塩涙腺」なる器官が目の下についており、
「海水から摂取した塩分を涙として排出することができる」ということなのですね。
産みの苦しみ故の涙では無かったのですなあ。
こちらは生後8~9カ月くらいのアカウミガメの子どもです。
なかなかに可愛らしく、やんちゃな泳ぎっぷりを見せてくれているのも今のうち。
やがてはこんなに堂々たる体躯に育ってしまうのですから、
仇や疎かに「ペットに」などと考えてはいけませんね。
「浜太郎」と命名されたこの大きなアカウミガメは1950年生まれで国内最長寿とか。
「亀は万年」のとおりは難しいとしても、記録更新を続けてほしいものです。
と、大人になった個体の甲羅は6kgほどもあるようで、
水中にいるからいいようなものの、浜太郎はこの先もずっと重い荷を背負い続けるのですな。
試しに背負ってみるとどうか、甲羅をリュックサック状にしたものでカメ体験ができまして、
これが体の一部となるとかなわんなあという印象ではありました。
しかもウミガメは孵化して海に出ると、ご苦労にも大海原を泳ぎ渡っているのですよねえ。
そして産卵のときに浜辺に帰って来る…のですが、地図も無しにどうやって帰ってくるのか。
解説から引用してみるとしましょう。
…海亀にも、体内時計と太陽や月の運行を測定し方向を決める技術などがあると、考えなければなりません。また最近の研究では海亀は産まれた場所の地磁気の記憶をたよりにして、産まれた海岸にもどってくる(回帰)のではないかと考えられています。
ということではありますが、
どうも近年は日和佐の浜にやってくるウミガメが減ってきているようす。
ウミガメの産卵シーズンは夏場がメインのようですけれど、果たして今年の夏には
ウミガメでごった返すような事態に地元はうれしい悲鳴!てなことになったりするでしょうか。
日和佐の浜生まれで、現在大洋を泳ぎ渡っているウミガメくんたちの健闘を
期待したところでありますね。