父親の誕生日ということで飲み食い、カラオケと束の間の接待に及んでおりましたですが、
昨日はちょいと新宿へと連れ出したのでありまして。
行き先は末廣亭、都内に残る数少ない常打ちの寄席のひとつですな。
ただ少々早く到着したとあって、コーヒーショップで暫時休憩をとっておりますときに、
父親がおなか回りを気にしており、どうしたのかと尋ねれば「きついのだ」という。
何だってきついズボンをはいておるのかと思っているところへ、
母親が「きつくなっているのに、傷んでないしまだはけるからと我慢してはいてる」と。
もったいない意識は悪くはないけれど、無理していると反って体に触るのではと
思い立ったが吉日、すぐ近くにある伊勢丹で父親にズボンを買ってやろうということに。
昔ふうにいえば伊勢丹・男の新館でもってちらちら眺めておりましたが、
おだて上手の若い店員の口車?にも乗せられて、「これ!」というものにめぐり合ったのですな。
が、父親として試着したところで「高い、高い」と言いたいらしいサインを母親に送っている。
これには全く応じない母親が「では、お会計」と。
百貨店での買い物に慣れているかどうかの差が出た気がしますけれど、
確かに安くないけれど、はくたびに心地よく過ごせるのならそれでいいんじゃないという
前向きな発想でもあるわけですね。
そんな一幕の後にたどり着いた末廣亭では昼の部開始から1時間ほどが経過したところ。
予想を上回る盛況ぶりで最前列隅の方のパイプ椅子に腰を落ち着けたのでありました。
と、そんなかぶりつきで見る演芸の数々は、
落語、漫才、落語、パントマイム、落語、紙切り、落語…てな具合に進行。
もっぱら落語の公演もいいですが、色ものが混じる分、誰にでも親しみやすいような気も。
そのような中にあって、とある大ベテランと思しき落語家さんが高座に上がって、
開口一番「90になっちまいましたよ…」とのつぶやきに軽くどよめく場内。
これを軽く見まわしたご本人、「ウエストが…」と続けて、大爆笑になるという。
このまくらは、状況的に父親にはうってつけでしたなあ。
話はこの後、歳をとってくるとお金を使い惜しんだりしたらいけませんと続いて、
「あの世には円もドルもありませんから。あるのはユーロ(幽霊)くらい」と、また笑い。
大事な着物をたんすの中にしまったままにしておいても、あの世には持っていきません。
今が一番、最後の着飾りどきなんだから、どんどん着て出掛けましょう。
「今日の末廣亭に、そういう人はいないようですが」と、くすぐりは続いていったのですなあ。
ですがおそらくこの話には、
先の伊勢丹での買物に「高い買物してしまったのでは」と思っていたであろう父親に
「そうか、今をいちばんに思うのがいいのだね」と今さらながらに気付かせたのではなかろうかと。
何しろ日本男性の平均寿命をとうに超えておりますのでね。
ま、それだけに4時半まで続く昼席の全てを最後まで見ていく体力はなくなってきているものの、
戯れ話のような一席や落語らしい落語、そして散りばめられた色ものに大笑いして、
さぞ体内はポジティブな状況になったことでありましょう。
「笑い」もまた百薬の長と言われたりすることがありますので、そうした意味でも良い、
そして思いがけずも教えられることもありということもあり、
父親にとっては末廣亭を訪ねて効能のある誕生日になったろうと思うのでありました。