どうにも古いアパートなせいか、エレベータは備え付けられておらず、

5階に住まう老夫婦は毎日えっちらおっちらと階段で上り下りするのでありました。


夫も妻もともどもに窓から見晴らす眺めが得難いものであると住まい続けて40年。

ですが、近頃はどうにも夫がしんどそうにしているのを見るに見かねて

終の棲家かとも思われたフラットを売りに出すことにしたのでありました。


ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります [DVD]


こんなふうに始まるのですな、映画「ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります」は。

話としては、「よもやテロか?!」という事件があって

夫婦の住むブルックリンとマンハッタンの交通が途絶するような状況があり、

そうした万一の事態が生じてしまったがために、思ったほどに買値が高くならない…と、

そんなことも織り交ぜたりはされますが、基本的には夫婦のお話ですよね。


40年も住んでいるということは(もちろんひとつところにもっと長く住んでる方もおりましょうが)

いざそこを離れるのかと思えば、いろいろと思い出すことも多いでしょうねえ。


移り住む先に今以上の価値や意味が予め見いだせているならば、

視線の先にあるものは過去よりも未来ということになりましょうけれど、

アレックス(モーガン・フリーマン )とルース(ダイアン・キートン)にとっては

本当は誰の手にも渡したくないくらいにお気に入りの住まいとなれば、

ついついあれこれと思い出すことばかりではありましょう。


まして全米50州のうち、30州が黒人と白人の結婚を認めておらず、

20州でも偏見はぬぐえなかったという時代をくぐりぬけて来た夫婦には

それでなくても振り返ることはたくさんありすぎてということでもありましょう。


されど、そんな特殊事情(という言い方が適切かどうかですが)はあるものの、

かなり普遍的な話というか、ごくごく一般的な話で私小説みたいな気もしますね。

誰にでも思い当たるところがあって、それだけに映画にするほどのことと思えなくもない。


ですので、とってもいい映画ですよとか、名作なんですよというつもりはありませんけれど、

見た人がおそらくは自分の人生に思いを馳せたりもしてしまう。

これはやはり映画というか、作品としてひとつの有り得べき形でもあろうかと。


全くのちなみにですが、両親は40年を超えて同じところに住まっています。

団地の5階でエレベータはありますけれど、取りつけられたのは

よく覚えていませんが、10年くらい前でしょうか。

けっこういい歳で階段の上り下りを日々やっておりましたですよ。


そうしたことが体力を温存してくれたのか、さしあたり元気でおりますが、

体力のことはともかくも、長い間にあの階段を上り下りする毎日の中で

両親にも(映画のような人に聞かせるような話ではないにしても)

いろいろあったんだろうなあと思ったり。


5階からの眺めは、いつの間にかより高いマンションが周囲にたくさん建てられて

見晴らしというほどではなくなりましたが、逆に窓を開ければ

いつもそこにスカイツリーが聳えている…なんつう景色になったり、

移り変わりがありましたですね。


アレックスとルースの住むブルックリンでも

40年の間にはいろいろと町は変化していますけれど、そうしたことも愛おしいとアレックス。

果たして両親はどんなふうに思っておりましょうかねえ。

そして、自分自身は住まいの、町の変化をどんなふうに捉えておりましょうか。

普段、考えてみることもないことに思いを馳せるきっかけにはなりましたですよ。