何かしら「TVで見た」という話を出すとき、実際には「録画で見た」ということが常だもので、

リアルタイムとは時差が生じるわけですが、今回は一週間遅れですなあ。

先週放送されたTV東京「美の巨人たち」のお話でありまして。


取り上げられていたのは、建築家・坂茂による「紙のカテドラル」。

ニュージーランドのクライストチャーチにある大聖堂が2011年の地震で倒壊したのをうけ、

代わりに建てられたもの。いわば仮設でありますね。


作者は「プリツカー賞」を受賞しているくらいに建築家として著名であるだけでなく、

建築家であるからということとは関わりない「マザー・テレサ社会正義賞」も受賞している。

これは、阪神淡路大震災以降、被災者向けに早く、そして安く造れる仮設住宅を

提供したきたことによるのであるとか。いわば「仮設」のプロフェッショナルでもありましょうかね。


しかしながら番組の中では当人の話として、

どんなにお金をかけて作っても商業施設はみな仮設てなことが紹介されていました。

これにはなかなか「ガツン!」ですよねえ。


このときの番組で作品紹介をするのに「強い素材」、「早く安く美しく」、そして「パーマネント」という

3つのキーワードを使っていましたですが、「仮設」と「パーマネント」が結びつくものなのだとは

思いもよらず、「なるほど」と思ったのでありますよ。


仮設のものはある段階で要らなくなり、取り壊されることが前提になっていますから、

むしろパーマネントである必要がないように思うわけですが、「必要」であることと

それを残したいと考える人が出てくることとは別の話なのですなあ。


「早く安く」は仮設として願ったり適ったり。

一方で、それに加えて「強さ」とさらに「美しさ」まで兼ね備えているとしたら、

本来的な場所での使命を終えたとしても、別の場所に移築して使おう、保存しようとなっても

おかしな話ではない。結果、パーマネントと言えましょうか。


反対に、お金をかけて一般的に堅牢と思われる資材を使って

(見た目)立派に作られた商業施設は、ともすると経営が変わると

どんなに頑丈でもスクラップアンドビルドされることになったりもする。

そう考えると、やっぱりパーマネントであることを念頭には置かれていない点で

仮設であると言えてしまうわけなのですね。いやはや。


坂茂作の「紙の教会」は阪神淡路大震災後に

仮設の教会として神戸市長田区に造られましたが、

同じ坂の手によって新たな教会が建てられた後、「紙の教会」は

1999年の台湾地震の被災地に移設されて利用されているとなれば、

こちらはこちらで仮設のパーマネント化ですし。


かつて日本の建物は紙と木で造られた弱いものだからという意識があり、

建材が変わってもスクラップアンドビルドの方向ばかり向いているような気もしますが、

発想の転換が必要かもしれませんですよねえ。




話は変わりますが、父親の誕生日だもので両親のところへちょいと。

明日はお休みいたします。


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