何せ入場無料で楽しめるものですから、折りあらばとあちこちの大学博物館を覗いたり。
このほど訪ねたのはJR山手線の目白駅の前にある学習院大学の史料館、
「君恋ふるこころ-恋におちる日本芸術-」なる特別展が開催されておりました。


「君恋ふるこころ-恋におちる日本芸術-」展@学習院大学史料館


「恋」をテーマにした日本の美術工芸品を主に集めたものということでしたですが、
そも王朝文学の最高峰ともいうべき「源氏物語」が「恋」の物語でもありますから、
それを題材に描かれた絵巻や屏風絵などが当然に思い浮かぶものの、個人的な関心の向きは
どうも全く違うところへ。こまごまと「ほお~」と思いながらが見てきたのでありますよ。


桜地流水蒔絵文双六盤(本展フライヤーより)


例えばですが、まず目を留めましたのは「双六」ですな。
正式名称としては「桜地流水蒔絵文双六盤」、江戸時代の作だそうです。
で、双六のいったい何に興味を引かれたのかと言いますと、その語源でありまして。
(既にしてご存知の方はそんなことも知らんのかと言わず、暖かい目でご覧ください)


さいころを振って出た目の数だけ駒を進める。これはお馴染みの遊び方ですけれど、
どうやら子供の頃にやった双六遊びは本当の双六ではなかったようですなあ。


何となればさいころの目は1から6まであって、
これを二つ使用するところから双つの六=双六というのであって、
子供の頃に遊んだのは決まってさいころ一つでやっていたものですから。


で、子供の頃には双六盤を自分で作って遊んだりもしましたですが、
基本的には「ふりだし」に始まって「あがり」に至るまで駒を進めていくもので、
これは「絵双六」というのだそうですね。


これに対して上の写真のものは「盤双六」というもの。
「盤面上の区画に駒を進める」と解説されても俄かにやり方が浮かばないところながら、
どうやら歴史は古いようで正倉院にも盤双六はあるのだそうですよ。


…と「恋」とは関わりなく双六の話がすでに長いですが、お次は「源氏物語」…と言えば
さもテーマに適った話でもあらんかと思われるやもですが、実はやっぱりそうではない。
同史料館蔵の「源氏物語 須磨・松風図屏風」を見、解説を読んで思ったことでして。


「源氏物語」を題材にした作品を美術館で目にすることはままありましょうけれど、
美術館の展示品は間違いなく大変に評価が高いものでありますね。
かつての所有者の系譜が辿れるものであれば、さぞや錚々たる顔ぶれだったりするのでしょう。


ですが、例えば天下一、二の名工に頼めるほどの名声、人脈、はたまた貯えが無くとも、
つまりは最上級の貴人たちではなくとも、それなりのレベルで「源氏物語」の世界に触れていたい、
あるいはそういうものを愛でる貴人たちの真似事がしたいということもあったかもですが、
要するに第一級の美術品ではないけれど…という作品も生み出されていたのだなということを
改めて思ったわけでして。同史料館蔵の屏風に寄せた解説文にはこんなところがありました。

丁寧な描写、上質な顔料、しかし金はやや純度が低いといった特徴は、本作の注文主の階層をある程度推測させる。123.0cmという中屏風の仕立てからも、注文主は仰々しい身分であるというよりも市井の富者であり、婚礼調度として作らせたものであるかもしれない。

こうした点から考えると、この屏風は美術品としての価値よりも史料的価値が高いとも
言えるのかもしれませんですね。


そして、もうひとつだけ触れておこうと思いますのは
江戸末期の歌川芳幾作「今様擬源氏」というシリーズものの一枚です。

「源氏物語」の各巻から連想される人物を描く連作なわけですけれど、
その「連想」の飛躍がすごいものだなと思ったものですから。


「須磨」の巻からの連想として描かれた人物というのが何と!熊谷次郎直実。

須磨の浦の浜辺でがくりと肩を落として座り込む直実の前には
討ち取った平敦盛の首と思しきものが布に包まれて置かれてあるのですなあ。

(先日、NHK「古典芸能への招待」で歌舞伎の熊谷陣屋を見たので分かりやすさ一入)


直実が敦盛を討つ一ノ谷の合戦はなるほど須磨を舞台とした源平合戦ではあるものの、
そこから源氏物語の「須磨」の巻と結びつけるというのは、連想しえないものではないながら、
近似性の無さから言って「実際、やっちゃう?」の世界ではなかろうかと。
江戸期の遊び心が生んだ数々の判じ絵にも似た自由な発想が窺える気がしたものでありますよ。


とまあ、全くもって展覧会タイトルにそぐわない点ばかりを取り上げてしまいましたが、
とにもかくにもまた無料で楽しませてもらえた学習院大学史料館なのでありました。


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