フランコ・ネロ主演映画でタイトルが「裏切りの荒野」。
これはもうマカロニ・ウェスタン以外の何物でもないと思っても無理からぬことではないかと。
予て聞き及ぶところによればイタリア製西部劇のロケはスペインの山中ということでもあり、
それで舞台がセビリアなのか…とまでお気楽に受け止めるはずもなく、
西部劇はどこでロケしようとアメリカの大西部だという設定であるはずでして、
それをセビリアと言い切ってしまっては、もはや西部劇
ではありませんね。
と、西部劇でないことに憤っているかのようですが、むしろ勝手な思い込みこそ反省すべきで、
なにしろ舞台はセビリア、主たる登場人物はドン・ホセであり、カルメンなのですから。
それにしても、驚いた企画ではないですかね。
カルメンにのぼせるあまり、上官殺しを働いたドン・ホセ(フランコ・ネロ)が
密輸団(というより単なる悪党グループに見えますが)に身を投じて…というのはいいとして、
金塊輸送を襲撃するというアクション・シーンあたりにもたっぷり時間を割いているのですなあ。
もちろんカルメンに翻弄された挙句、カルメンを一刺しという愛憎劇は主筋にしても。
しかしまあ、カルメンという女性がこれでもかというほどに悪い女に描かれている気がして、
ずいぶんとビゼー
のオペラのカルメンとは人物が違うような印象なのですよね。
オペラ版でも確かに悪女ではありますが、何せタイトルロールであって、
妖艶に歌い踊る場面こそがメインとなれば、いささか肩入れしてしまうのも已む無いところ。
そういえば、オペラの筋書きとの違いという点では、ミカエラも登場しませんし、
カルメンのお相手になる闘牛士も高らかに歌声を披露するエスカミーリョとはずいぶん違って、
ひとつの台詞もなく闘牛シーンが遠写しになるだけ(ちなみに名前もリュカス)。
こうなってきますと「果たしてほんとうのカルメンやいかに?」と思うところでして、
読んでみたのでありますよ。プロスペル・メリメの原作を。
話の筋立てからすると意外なことに、オペラ版よりも荒唐無稽な(と思われる)映画版の方が
原作に忠実なのではないかというのが一読した印象。
ですが、オペラとも映画とも違って原作が示唆しているところは、
ドン・ホセがバスク地方の出身者であるとされている点でありますね。
スペインではとかく田舎者扱いされてしまうバスク出身者が
働きによって差別なく待遇される可能性を軍隊に見い出して、ドン・ホセは入隊するのですし。
また、タバコ工場で乱闘を起こしたカルメンを逃がしてやることになるのは
単に色香に迷ってというだけではなく、ドン・ホセがバスク出身と見抜いたカルメンが
(あちこち放浪するジプシーならではか)バスク語で「私もあちらの出身よ」てなふうに
話しかけたりして、里心というか、郷土愛をかき立てたからでもあるのですな。
ドン・ホセとしては最初こそ「ジプシーのたわごと」と受け止めていたと思いますけれど、
ジプシーもまた差別を受けている側にあって、そこから郷里の言葉が聞けるてなところから
じわじわとカルメンに入れ込んでいくてなふうでもありましょうか。
ですが、カルメンの方は逆境を梃子にして生きてきましたから
(その点で差別する側には悪事と見えることでも、生きるためにはやるわけで)
そうした生き方が自由とも受け止め、変えるつもりがない。
一方で、ドン・ホセは根っこのところでは差別が自分を追い込んだという意識もありましょうから、
新天地アメリカでの再出発を思い描いてカルメンに同行を迫るも、結局は生き方の違いですな、
カルメンには待ち合わせにすっぽかされ、思い余って凶行に及ぶという結末。
てな具合にオペラでは割愛されたところに原作者メリメは目を向けていたのではないですかね。
とはいえ、小説、映画、オペラと外枠の違いがあるので一概には言えませんが、
その器を活かした完成度ではオペラが最も上出来なのではないでしょうか。
ですので、久しぶりにカラヤンの1982年録音盤LP(これ以外持っていないもので)を取り出して、
ビゼー作曲オペラ「カルメン」の全曲を聴いてみることにしようと思っているのでありますよ。