先の新潟出張では、晩飯どきの宴席でもってたぁんと日本海の幸を食して参りました。
刺し盛りも良し、のど黒の焼きものもまた良しという具合ですけれど、
改めて思うところは「和食は素材の味を大事にしとるなぁ」ということですなあ。

焼き魚は単に魚を焼くという調理のみ、また刺身に至っては生のままですから。


・・・てな話を持ち出しましたのは、映画「大統領の料理人」を見たところ、

「素材の味を味わいたい…」とフランスの大統領が言っていたのでありまして。
実話ベースとはいえ、映画となってどこまでが本当のところなのかは分かりませんですけれど。


大統領の料理人 [DVD]/カトリーヌ・フロ,ジャン・ドルメッソン,イボリット・ジラルド


フランス大統領府であるエリゼ宮には大きな厨房があり、
専属のシェフ以下たくさんの料理人が来賓をもてなす豪華な料理を作っているわけですが、
ミッテラン大統領としてはどうやらご不満な点がおありのようす。


そこで、自らの身内であるとかと食卓を囲んだりする午餐などのために、
大統領お抱えともいうべき別の料理人を持ちたいと考えたようで。


それを実現できるシェフとして大抜擢された女性がオルタンス・ラボリ(カトリーヌ・フロ)で、
食事に関する大統領の望みを尋ねたところ、ご所望は「素朴な味」ということなのでありました。


映画「大統領の料理人」はこんなふうに始まるわけですが、
プロフェッショナルな料理の世界もまた男社会だったりしますから、
エリゼ宮の総シェフ始め、最初から敵愾心に溢れた人間関係の中に飛び込んで行くのですから、
オルタンスのその後の苦労は想像するまでもなく。


加えて、素材に拘るあまり仕入値が高くなり、担当者からはクレームが来る。
また、大統領の健康に配慮を求められて「あれはだめ、これもだめ」となってくると、
もはや思うように料理が作れなくなってしまうのですね。


その後のオルタンスはずいぶん一転した境遇に生きることになりますけれど、

先々の人生設計に裏づけされた生き方であったかと、

印象はとっても「いい感じ」の映画だったと思ったのでありますよ。


もっとも誰にも負けない誇れる技量(料理の腕ですな)があるからであって、

映画を見て即座に「われもわれも…」とはいかないものの、

生き方を前向きに考えることになるといいましょうか。


と、映画の話が長くなったですが、

その「素材の味」を求めた大統領に供されたオルタンスの料理には「凝ってるなあ」と。

もちろんエリゼ宮メイン厨房から供せられる料理よりはシンプルなのかもですが。


ここでつくづく思うのは彼我の食文化の違いということでありますね。
実際のミッテラン大統領は、1986年にコンコルドで乗りつけた東京サミットの晩餐会が
「なだ万本店山茶花荘」というところで開催されたというからには、和食文化に触れておりましょう。


どうやらオルタンスがシェフを務めたのは東京サミット後のようですから、
仮に大統領が和食に関心を示したいたとすれば、オルタンスに求める「素材の味」の、
求め方も変わっていたかもしれませんが、そうでもなさそう。


要するに本当に望んでいたのはフランスの料理としてシンプルな味ということなのでしょう。
「素材の味わい」というより、むしろ「おふくろの味」的なものといいますか…。


とまあ、話を無理無理に展開しているわけではありませんが、
個人的にはちと両親のところへ出かけて「おふくろの味」に再会してこようと思っておりまして。
新潟出張の土産をぶらさげて…という建前なのですけれど、
そういうことで取り敢えず明日は一日お休みを賜ることにいたします。


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