12月31日が1月1日になったからといって何が変わるわけでもなく、

要するに気分の問題なんですが、それでも区切りと受け止めることで

締めくくりの感じと心機一転の感じとを持ちやすくはなりますですね。


てなことで、あと数日は締めくくり感を抱きつつ過ごしたりするわけですが、

読書であれば「2015年の読み納め」てなふうにも感じたりするところです。

そうした区切り感があればこそ、読み納めは「ああ、面白かった!」となって欲しいところながら、

そうは問屋が卸してくれなかったようで。


呪のデュマ倶楽部/アルトゥーロ ペレス・レベルテ


本の方は「呪のデュマ倶楽部」というものでして、帯に書かれたキャッチに

「17世紀の〈悪魔の書〉、19世紀の『三銃士』、そして現在。時空を超えて絡み合う、謎また謎!」

とあるのを真に受けて釣られたものの、「うむぅ~」という展開でありましたですよ。


関わりなさそうな2つのシークエンスが同時並行で語られたりするときに、

読み手としては当然に両者はつながるもので、それをどう関連付けてくるのかも

楽しみにしたりするものではなかろかと思いますが、それを逆手にとったのでしょうかね。


「そう来たか」と思ったときに普通は爽快な裏切られ感を抱いたりしますが、

ここでは「そりゃ、ないんじゃないの?」と。


作者自身が作中で語り手に言わせるところによれば、

例えばアガサ・クリスティー の「アクロイド殺し」のような展開にしても

当時の読者は「そりゃ、ないんじゃないの?」と思ったのでは…ということを

意識しているやに思いますけれど、要はそこに至る過程で

どれほど不満を押さえて納得に持って行けるかに腐心しているか。

ここんところが大きな違いになって現れるのではなかろうかと。


後になって、Amazonのレビューからロマン・ポランスキーが映画化していることを知りましたが、

「悪魔の書」と「三銃士」のうち後者を全て捨てて、映画「ナインスゲート」を作り上げたとか。


悪魔の方だけというのがいかにもポランスキーらしい気がしてしまうものの、

まあ、手が混んでいるわりには全体としてのまとまりはどうよ?ということを

気にするのが自分だけでなかったと思うところでありまして…。


とはいえ、読み手によってはたいそう面白く読んだ人もいるでしょうから、

これまた受け止め方はひとそれぞれなのだろうとも。

万人受けは狙ってできることでもないでしょうし、

果たして万人受けするのがいいのかどうかも分かりませんけれど。


そうしたことから翻って考えてみると、

毎度この個人的繰り言を覗きに来てくださる方々にとって、

立ち寄り甲斐のブログでありましたでしょうか、どうでしょうか。

ま、そのあたりは敢えて気にせずおくべきでありましょうけれど。


というところで、2015年はここいらでお暇をいただくことに。

程なくやってくる2016年が皆さまにとりまして、楽しみ多き年となりますよう願っております。

良いお年をお迎えくださいまし。


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