別に「お姫様シリーズ」を目論んだわけではないのですけれど、
義姫 」を読んだ後には「冬姫」を手に取ることに。葉室麟の作であります。


冬姫/集英社


最上から伊達に嫁いだ義姫は政宗の母でありますが、
その伊達政宗が奥州の争乱の立役者とは言わでもがなかと。


勢いに乗って蘆名氏を追いやり会津を手中に収めた政宗は、

会津の黒川城(後の若松城)に乗り込むわけですが、

遥か西の方で天下の趨勢はもはや豊臣秀吉のものとして動かないところまできていたのですね。


天下人を自認する秀吉としては、

大名どうしが勝手な戦さをすることはまかりならんとの「惣無事令」を
1585年に出していたところが、政宗の会津奪取はこれに抵触することになる。


有名なエピソードですが、

北条征伐にあたっていた秀吉のいる小田原へ死に装束をまとって弁明に現われた政宗を
何事も派手好みの秀吉が気に入ったのか、成敗されることはありませんでしたけれど、
苦労して手に入れた会津は取り上げられてしまうのですね。


政宗から取り上げた会津、ここに封じられた武将が蒲生氏郷でありまして、
それまでの伊勢松阪12万石余から92万石(検地をしたら増え、加増もされした結果)という

破格の躍進を遂げた人物。

その氏郷の正室がこのほど読んだ小説の主人公、冬姫なのでありました。


ところで、この冬姫は織田信長の次女なのだそうで。
織田家の女性というと、まずは信長の妹であるお市の方が浮かんで来、
次いではそのお市と浅井長政の子である茶々、初、江の三姉妹が思い出されるところではないかと。


NHK大河ドラマでも何度描かれたかわからないくらいの信長、秀吉、家康の天下取り合戦にあって、
お市が登場しないことはないでしょうし、後に淀殿と呼ばれることになる茶々は外れることもない。
下の妹二人は幼少の姿以外出てこないことはあるにしても、
江の方は先年大河ドラマのヒロインに取り上げられましたですねえ。


これら以外では、信長の正室・濃姫や長女・徳姫が出てくるのは見たことがあるように思いますが、
濃姫は斉藤道三の娘という戦国時代ではスター級の出自ですし、

徳姫は家康の長男・信康の正室となるもその信康は織田・徳川同盟にひびを入れんとした疑義により切腹させられてしまう悲劇は取り上げられる機会が多いのではないでしょうか。


というところで、次女の冬姫とははて…?

先ほど触れましたように蒲生氏郷は一代で大出世を遂げた武将であるわけですが、
長女を徳川に娶せた信長が、釣り合いを考えたら次女の相手には選ばんだろうにという

小身の段階で氏郷にすでに目を付けただけに、なかなかの器量であったような。


しかしながら、活躍も行動も派手な人物ではなかったのでしょう、
そして会津に封じられた後に40歳とわりと早めに亡くなってしまい、

また世継ぎに恵まれない家系であったか、宇都宮12万石に大減封され、

さらにはお家は断絶…。

こうしたことから歴史物語は、敢えて蒲生氏郷の名前をわざわざ登場させなくても進むとして

済まされてきたのかもしれませんですね。


と、夫君・蒲生氏郷からしてこんなふうであるのに、

まして冬姫の出番などはこれまでおよそなかった…
作家としては、これにこそ目を付けたというべきでありましょうか。


目立たなかったということは、当たり前のように知られる逸話なんかがあるわけでもなく、
その分、好きなように人物造型したところで誰からも文句がこないという気軽さ(?)があるような。


だからでもあるのか、ともすると「太平記」ばりに怨霊、祟りの関係がというと大袈裟ながら、
そうしたことに見せかけた暗い暗い謀りごとが展開されるという。


これをもっぱら「女いくさ」として、お市にはお市の、茶々には茶々の、
そして冬姫には冬姫の「女いくさ」を戦っているものとして描かれるわけです。
前半戦では信長の側室・お鍋の方VS冬姫、後半戦では茶々転じた淀殿VS冬姫となって
かなり壮絶な(陰湿な)戦いになっておりますですよ。


おそらくは相当部分が創作なんだろうと思いますけれど、
これだけ目の敵にされる冬姫とは、本人は気づかないけれど目立ってしまう人なのだろうと。


人もいい、見目もいい、夫婦仲もいい、他人に怒らない、他人を恨まない…、
積極的に目立ちはしないけれど、他からは浮き上がって見えるというべきか。


そういう人物に仕立てたからこそ、ひとつの小説のヒロインたりえているのでしょう。
歴史上の人物をそのときどきの事件などを背景に時系列で紹介したのとは違う

「小説」らしさがあるような気がしたものでありますよ。


小説を書くには目のつけどこも肝心ですけれど、

どうやらそれだけでうまくいくものではないということでもありましょうかね。