もともと長い名前だなぁとは思っていたのですよね、損保ジャパン東郷青児美術館。
それが美術館を持ってる会社の合併で、2014年9月からさらに長くなった。
東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館とは…。
まあ、企業合併という点ではかつて太陽神戸三井銀行が登場したときには、
「なんだぁ?」と思ったものですけれど、その後さくら銀行にぐっと縮まってひと安心(?)。
もっとも今でも三菱東京UFJ銀行なんつうのもありますけどね。
と、企業合併はともかくとして、その長い名前になった美術館に行ってきたのでありますよ。
開催中の「印象派のふるさと ノルマンディー」展を見ると同時に、
開催記念講演会を聴いてきました。
いやあ、これが示唆に富んで面白い展覧会・講演会だったのでして、
「へえ~」と思いましたですよ。
(反芻していたら、書き出すまでに時間がかかってしまったですが…)
風景を風景として描く。
この当たり前のようなことが、アカデミスムにおける絵画の序列の中では
低い位置に置かれていたために、例えばクロード・ロランのような画家は
「風景を描きたいんだけれど、一応神話画、歴史画ってことにしとこう」てなことをやってましたですね。
出展作ではありませんけれど、
この「クリュセイスを父親のもとへ送り届けるオデュッセウスのいる港の風景」(1644年)を見ても、
神話題材でありながら、物語に関わる人物像は手前に小さく描かれているだけ。
どう見たって風景画そのものですね。
人物の小ささはフェルメールの(珍しい)風景画「デルフトの眺望」の中にぽつりと配されたのと
あまり変わりがないのでは…と言ってもよさそうです。
こうした風景画をひとつのジャンルと見て、その系譜をたどるとき、
アカデミスムの風当たりをものともせずに、19世紀に開花させたのはフランスであり、
バルビゾン派、そして印象派ということになるのではなかろうかと。
一般的な受け止め方としても、近代風景画は
ニコラ・プッサン→クロード・ロラン→ミシャロン→コロー→バルビゾン派
という流れでつかまえて、もっぱらフランスでの系譜として位置づけられてしまう。
確かにそういう面はあるものの、もそっと大きく流れを見てみると
17世紀のオランダ風景画、18世紀のイギリス風景画、19世紀のフランス風景画となって、
国の境はあってもヨーロッパという領域の中では当然に人の往来はあるわけですから、
影響の伝播がないはずがない。
となると、19世紀にフランスで近代風景画が花開くには
当然にそれ以前に隆盛を極めた地域からの影響があるはずだと。
同じ美術館で先に開催されたハーグ派展でもバルビゾン派への影響が示されたですけれど、
オランダからの影響もあれば、イギリスからの影響もある。
そのイギリスからの影響の入口がノルマンディーであった…とまあ、こういうわけなのですね。
今でこそ、英仏海峡を最短で通り抜けるのは鉄道のユーロスターで、
カレー、ドーヴァーという最短距離を通っていますし、
フェリーで渡るにもこの間が最も短いのですけれど、
鉄道も車もない時代には船での移動の利便性は相当高かったようですから、
ノルマンディーに河口を持つセーヌ川までを含めて船の道と考えれば、
こちらこそが表玄関であったということなのですよ。
ただ、そうは言っても時代の流れで鉄道が敷かれ、
また携帯に便利な絵具が作られ…ということが、
印象派に至る人たちの戸外制作を用意にしたわけで、こちらも忘れてはいけないところですが。
ところで、ノルマンディーに鉄道路線が敷かれる背景ですけれど、
イギリスから海浜レジャーが持ち込まれ、不動産開発業者によって
ノルマンディーの沿岸にリゾート施設ができることと無関係ではなさそうな。
イギリスからもやってくるけれど、パリからも出向いていったのでしょう。
(イギリスからはパリへ鉄道の往復も含めての旅行だったかも)
元々は静養、療養の観点から海水浴が注目されたわけですが、
わざわざリゾート地にやってくる余裕のある人たちは海に入るというよりも、
風景を眺めたり、そぞろ歩きを楽しんだり。
もっとも、そうした人たちに目をつけた業者としては、
カジノやら競馬場まで作ってしまったというのでありますよ。
で、こうなると海浜リゾートに行ってきた土産物として
(写真は1839年に発明されているものの、まだまだモノクロですし)
風景画、海景画が人気を呼ぶことにもなる。
17世紀のぼんぼんたちがグランド・ツアーに出かけて、
ヴェネツィアでカナレットの絵を買って帰ったようなものですな。
クロード・モネもノルマンディー沿岸のトゥルーヴィルに住んだ時期がありますけれど、
これはもっぱら顧客を求めてということであったらしいですよ。
貴族、金持ちの中には単なる風景画では飽き足らず、
リゾートを背景に入れた肖像画まで頼んでくるようでもあったとか。
これは本展展示作の中のひとつ、
エルネスト=アンジュ・デュエズの「海岸での日光浴のひと時」(1894)ですけれど、
こうした複合的な?風景画を見る機会があまり無かっただけに
(むしろ制作意図の点ですが)新鮮な気がしましたですね。
ただ、こうしたものも含めて、ノルマンディーが新たな風景画の揺籃地であったわけですね。
…と、これだけ書いてきても、本展から得た興味深い点のごくわずかでしかありませんし、
展示されている絵画そのものにもほとんど触れていませんですが、
作品の方はぜひぜひ会場にご覧いただければと。
(東京会場のあと、広島、熊本、山梨と来年夏にかけて巡回していくようです)
およそ接するチャンスのなかったシャルル・フルションとかロベール・パンションとか、
そうしたあまり知られない作家たちの作品を見られるのもまた楽しでありますから。
展覧会にもいろいろありますけれど、
作品を並べてることだけで終わってしまうわけでなく、
かといって企画はいいのに作品が揃っておらずというわけでもない、
実にバランスのとれたいい展覧会であったなと思ったのでありました。