例によって雰囲気だけで、内容をよく知らないままに見に行ったのが
映画「グランド・ブダペスト・ホテル」でありました。
てっきりミステリーなんだろうと踏んでいたところが、
ファンタジーというべきでありましょうかね。
絵本めいた書割状の景観が用いられてもして、
ちょっとばかし「チキンとプラム~あるバイオリン弾き、最後の夢~」を思い出したりも。
一方で、ベル・ボーイとして働き始めたゼロが
最終的にホテル・オーナーにまでなる紆余曲折の中には、
ビルドゥングス・ロマンの要素も込められておりましたですね。
ところで、ここで「ビルドゥングス・ロマン」というドイツ語を出してみましたのも、
この映画の舞台となっている場所には、オーストリア帝国の香りが漂っていたなとの
印象があったものですから。
先に読んだ「モーツァルトを造った男」の余韻から
そんな風に思ったのかもしれませんけれど。
映画の中ではズブロフカ共和国という架空の国の物語となっていて、この国名は
音的に似てるなと思うウォッカの「ズブロッカ」と同じ綴り(zubrowka)であるようで。
wikipedia(ズブロッカの項)によれば、
「ポーランド語の本来の読みに近い発音は『ジュブルフカ』」であるようですけれど、
(映画の方が「フカ」の部分だけ原音に近いと言えましょうかね)
ポーランド自体は(ポーランド分割期を除き)ハプスブルク帝国下には無かったものの、
同じ西スラブ語系に属するチェコやスロバキアは領土の一部でしたし、
(ハンガリーとは関わりないのに)ブダペスト・ホテルというあたりからしても、
帝国の香りが漂ってくるわけですね。
国の位置としても「ヨーロッパの東端」とされているとすれば、
そもオーストリアとは「Österreich」で東方の国の意ですから、
ひとえにもふたえにも、結びつける想像をしてしまうところではないかと。
また、先に「小ドイツ主義」、「大ドイツ主義」で触れましたように
その領域内に多民族を抱える(が故に大ドイツ主義をとった)オーストリア帝国では
全く差別が無かったわけではないながら、民族的にはいろいろな人たちが混在し、
ユダヤ人であってもそれなりに活躍できる状況さえあったわけですよね。
そうしたことが、
おそらくはこの映画でも時代背景としてあると思しきナショナリズムの台頭をよそに
明らかに異国的風貌の少年がベル・ボーイから始めて精進すれば、
ホテル・オーナーにもなっていくということに結びつくものと思われます。
(映画でのエピソードはもっとドラマティック・コメディなものですけれど)
時に、こうした多民族共生のあり様というのは、
ある意味見直される要素があるのではないかと思ったりしますですね。
もちろん、オーストリア帝国は皇帝をいただいて、およそ民主的ではない側面が
多々あったでしょうから、そっくりそのままでとはいきませんが。
前にも何かの折に書いたような気がしますけれど、
民族自決を是とするときに「民族」と「民族」の違いって
どう捉えればいいのと思ったりもするという。
この間 のように、いわゆ日本語と沖縄の言葉は
スペイン語とイタリア語の関係よりも遠いといった説があることを知るや
なおのことでありますよ。
どれほど「違うか」に目を向け過ぎて、どれほど「同じ」かをお留守にしてしまう。
そんなところなのでありあましょうかね。
…と、気付いてみれば長々と映画とは全く関わり無い話になってきてました。
ではありますが、そんなことも考えながら、ファンタジーとして楽しんで見た
「グランド・ブダペスト・ホテル」なのでありました。