毎度ウェルメイドなコメディー台本を見つけてくるものだと思うものですから、

加藤健一事務所の芝居はわりとよく行くほうなのですけれど、何せ元はといえば、

戦時中の極限状態での人肉食裁判で延々と独白するひとり芝居「審判」の公演のためにを

立ち上げられた事務所ですから、折に触れて噛み砕くのに苦労するような硬いのに出くわして、

コメディーとの落差に戸惑ってしまうことがあります。


まあ、「審判」に関しては、反戦との意味合いは込められてはいるものの、

政治的な主張というよりも2時間を超える一人語りには役者としての挑戦だったと言えましょうけれど。


その点このほど見てきた「請願」は、

予期するところでは「政治的メッセージたっぷりか?!」とも思ってしまうところでありましたですよ。

何せ「請願」に続く副題が「核なき世界」でありますから。


加藤健一事務所公演「請願」@本多劇場


導入部は、こんなふう。

ロンドンに住まう退役陸軍大将夫妻。国家に尽くして、かつ出世もしたご褒美でありましょうか、

立派な邸宅で悠々自適の毎日といった様子。

そこで、夫妻が穏やかな一日の幕開けにコーヒーを飲みながら、

それぞれに新聞を読んでいるという場面であります。


と、夫のエドモンド(加藤健一)がしきりに嘆息。

核兵器に反対する請願に署名した人々の名前がずらり並んだページに

元軍人(退役しても、今でも軍人の矜持のある)のエドモンドには「署名する連中の気がしれん!」と。

ところが、その中に妻(三田和代)の名があることを知り、長年の伴侶同士が激烈ば議論を展開することに。


このように言いますと、先ほどの「審判」よろしく(こちらは全編、二人芝居ですが)、

やはり役者とのしての「やりがい」が上演の動機かなとも思われてきますし、

いかにも「この時期にもってきたか」とも思ってしまう核の話題はどうやら議論の入口であって、

その後に展開する、長らく連れ添った夫婦なればこそ互いに飲み込んできたはずの数々のこと、

つまり自分の側が黙っていれば、相手は知らずにいられる、お互いにその方がいい…的なことが

次々俎上にに上るとなれば、これは夫婦間のお話なのだなと。


もちろん、脚本が「この生命、誰のもの」を書いたブライアン・クラークの手になるものだけに、

核兵器の話がそのまま入口だけのもので終わるはずもないにしても。


エドモンドの主張は核兵器による戦争抑止力というものに対する全面的な賛意ですけれど、

たぶん実際に使うことまでは想定していない。

妻のエリザベスが言うように、本当に使ったならば壊滅する地球がいくつあっても足りないほどと

知っているからですね。


ですから、使わない、使ってはならないと根っこで考えているならば、

いっそ無くてもいいのでは…と考えるかというと、そうではないわけです。


自分の側と相手の側とどちらにも武器があるとすれば、手出しをすれば必ず報復がある、

こちらの側からすれば、そんなことがあったら報復せねばならん、

となれば、武器を置くわけにはいかんと。


これは何も核兵器に限った話でなくって、

アメリカで自衛手段として銃の所持が規制できないのと、発想は一緒ですね。

やられちゃこまるからも、こっちも。ただ、こっちはいざという時用ですからねと。


ただそうは言っても、持っているということはただ持っているだけで済まない可能性を

常にはらんでいることになりますね。

自衛手段というのが、どこからどこまでという決まりなんてありませんから、

「やられたら、やり返す」では遅いから、「やられそうになったら、やってしまう」てな発想も生じます。


でも、その「やられそう」という前提が誤解だったら、勘違いだったら何としましょう。

誤解や勘違いならまだしも(とは、本当は言えませんが)、

武器を使用するより他の手立てがあるかもしれないと他の手段を考慮することを放棄してしまうかも。


世界中に利害の対立するような関係はたくさんたくさんあることでしょう。

その利害対立を暴力的な解決方法を極力避けてうまくやっている(なんとかやっている?)例として、

ごくごく卑近なところでは夫婦の関係などは最たるものかもしれません。

(そうでないご家庭ももちろんたくさんおありとは思いますが)


小さなことで言ったら火種などは日々、あるいは一日の中に何度でもありながら、

それこそ政治的解決、外交的解決的なことで日々を送っているようなところ、無きにしも非ず。

こうした卑近な例を改めて考えるときに、互いの抑止力に頼るのとは違う発想が出てくるような気が

しないでもないですね。


ここまで来ると芝居の話からは完全に外れていますけれど、

見終わっての帰途、つらつらとそうしたことを考えてきましたですよ。

あんまりうまく言えてませんですが…。