アメリカの詩人エミリー・ディキンソンの作品に、こんな詩があるそうです。
Fame is a bee.
It has a song-
It has a sting-
Ah, too, it has a wing.
名声とはまるで蜂のようだ
ぶんぶんと空を切る羽音に耳をすませば心地よい歌とも聴こえて気を許すと
ちくりと痛い一刺しもつかの間、毒に酔い痴れるようになっても気がつかない
いつまでもこの気分が続くように思えてならないのに、いつの間にやら飛び去っていた
羽もあったと気付いても後の祭り…。
思い切り意訳すると、こんなことにもなりましょうかね。
ただあれこれの注釈なく隠喩のままの方がシンプルで、逆に深みと軽みもありますけれど。
この詩は、先ごろ読んでいた「ヴェルヌの八十日間世界一周に挑む
」の中で
72日で世界を廻り果せたネリー・ブライのその後を暗示するものとして
紹介されていたものなのですね。
日本風に言いますと、エミリー・ディキンソンに比べるとちと下卑てしまいますが、
その昔「あのねのね」というフォークデュオが「いつまでもあると思うな親と金」をもじって
付けたアルバム・タイトル「いつまでもあると思うな人気と仕事」にも通ずるのではないかと。
持ちあげられはじめはそんなもんなのかなと戸惑い半分であるものの、
そのうちに「有名人なんだから、当然」と思うようになっていき、
本人が思っている以上に取り巻きは冷めやすいことを戒めている。
ま、芸能界あたりでは、常にそんな浮沈が繰り返されているのでしょう。
と、またしても前置きが長いですが、
映画「ブルージャスミン」を見ていて思い出したものですから。
主人公のジャスミン(ケイト・ブランシェット)にとっては、
文字通りの「名声」が当てはまるわけではないですが、
大富豪との結婚で手にした超セレブな生活(とわざわざ俗っぽく言いますが)と
それがあるが故にできる取り巻き、そしてその取り巻きから受けるよいしょ…
こうしたものにどっぷり使った毎日であったのですね。
ついこの間までは…。
それが一気に奈落の底へと突き落とされる事態になっても、
蜂は今でも自分を取り巻いて飛んでいてくれるという思いから離れられない。
「水は低きに流れる」わけですし、「朱に交われば赤くなる」のが人間とすれば、
そう簡単には変わらない(変われない)ものなのかもしれませんですね。
このところの様子からしててっきりコメディの国別シリーズを続けるものと思っていた
ウディ・アレンの監督・脚本ですけれど、実際に金持ちから転落した女性がその後
とっても苦労したという話を知り合いから耳にしたことが本作誕生のきっかけであるとか。
最近よくある実話ベースの話をそのままに作品化するとすれば、
境遇が極端に悪化したにもかかわらず、自らの努力でそれを克服し、
新たな成功を収める感動実話!みたいなのでないとものになりにくいでしょうね。
ですから、「ブルージャスミン」のように転落したところでのあがきをクローズアップするには
フィクション化がどうしても必要だということまではいいとしても、
どう描くかはやっぱり相当に難しかったんではないかなとは思うところです。
で、この映画に関してはジャスミンの行動に抱く違和感やら、はたまた
ケイト・ブランシェットの体当たり演技(つけまつげはボロボロ、最後にはすっぴんで登場)やらが
語られているのは、たくさん目にするところと思いますので、
その辺りを敢えて語るのは止めておこうかと。
そこで最後にちと違う視点からのお話ということで、
ジャスミンの妹ジンジャー(サリ・ホーキンス)の方のことであります。
この姉妹、二人ともそれぞれ養子で迎えられたということですから、
いわゆる血の繋がった関係にはないわけですね。
(血縁の有無だけでどうこうではありませんが)
で、ジンジャーの方は早くに養父母のところから家出してしまうことからも、
姉妹関係がさほどに濃密なものであったようには思われません。
そして、長じて妹の最初の結婚相手がロトで大当たりを出し、
それを元手に事業を始めようとしたところ、
この大事な虎の子を姉夫婦は運用で何倍にもできると口説き、
挙句の果てには投資で大損ということになる。
そんなこんな経緯であるにもかかわらず、
この妹の姉に対する「赦し」の懐深さは尋常でないように思えたのでありますよ。
妹の庶民らしさ、と言えばそれなりですが、それを通りこしてちと緩い感じは
ロシア語で言う所のユロージヴァヤ(男性形はユロージヴィ、聖愚者の意)を
思わせたりするものがあるような。
タイトルがタイトルですから、ついついジャスミンの側を主に見てしまうところですけれど、
「ブルージャスミン」に対する「聖ジンジャー」として、ことのほかジンジャーに注目して見ていくと、
またそれなりに考えるところの多い見方ができるかもしれないと、思ったものでありました。