19世紀フランスの画家に関する本やら画集やらを見ていますと、
必ずと言っていいほどにちらりとその名を覗かせる人物がいるのでして、
常々気になっていたのですね。


ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌという画家であります。
(フランス語の本来からすれば「ピュヴィ」かもですが、ここは慣用で…)
曰く「ピュヴィス・ド・シャヴァンヌの影響が見られ…」云々という具合に
まま引き合いに出されるわりには全貌が明らかにならない。
ピュヴィス・ド・シャヴァンヌに関して日本語で読める本も見当たらない。


そうこうして何年も経つのですが、ここへ来てやおら渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで
「水辺のアルカディア ピュヴィス・ド・シャヴァンヌの神話世界」展が開催中、
これは行くしかありませんですね。


「水辺のアルカディア ピュヴィス・ド・シャヴァンヌの神話世界」展@Bunkamuraザ・ミュージアム


恥ずかしながら、出向いて初めて知ったのは
本来的にシャヴァンヌは壁画家であったということ。
イタリアに旅した折に、かの地で見たジョットやピエロ・デラ・フランチェスカらの
フレスコ画に魅せられ、画家になる決意をしたのだとか。


シャヴァンヌの生没年は1824年生まれの1898年没ですから、その生涯はどっぷり19世紀で
その薄靄の漂うような世界は象徴主義あたりに通ずるものとして見てしまいますけれど、
描く対象は展覧会タイトルにあるようなアルカディア=理想郷であって、神話の世界。


当時にアカデミスムからすれば絵の題材としては格が高いもの、
つまりはアカデミスム側か?と思うところながら、「フランス印象主義の先駆者」とも言われ、
スーラ、マティス、ピカソ といった新しい世代にも大きな影響を与えた」となれば、
その作風の新鮮さは推して知るべしでありましょうね。


それにしても、壁画家の作品となれば描かれた壁を持ってくるわけにはいかず、
展覧会が余り行われないのは偏にその故かと思わないではないですが、
一方で同時代から後世にも多くの影響を残したとなると…?と思いましたら、
壁画に描いたものを縮小してタブローに再制作をしていたのですねえ。
そうした再制作の「狩りからの帰還」では、1859年のサロンに入選していたりするそうで。


で、今回の展示を見ていくわけですけれど、24歳の作であるされる「アレゴリー」では

いかにも中世風の人物三人がくっきりかっちり描かれて、
なるほどイタリアの影響から出発したのだなと思うところですけれど、
これが段々とシャヴァンヌの個性が開花していくのですなぁ。


1867年、もはやシャヴァンヌの壮年でありますが、この頃に描いた「瞑想」などは
壁という大きな画面に広がりある景観と群像を配する壁画の雰囲気とは異なって、
そこから一部分だけ切り取り、これとともにある静謐の小部屋でひとりもの思いに沈むに
打ってつけの作品。


そしてより幻想性がとても強く伝わってくるのが、
その名も「幻想」というタイトルの付された大原美術館蔵の作品(1866年)でありますね。


ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ「幻想」(展覧会フライヤーより)



画像で見ても「夢みるような」とでも形容しようかと思われる幻想性を湛えておりますけれど、
直に見ればなおのこと、色調もまた幻想性を醸す源となってます。


ちとシャヴァンヌにしては小さめの作品にばかり触れましたけれど、やはり本領が大画面壁画。
例えばフライヤーに使われている「諸芸術とミューズたちの集う聖なる森」は
再制作バージョンが展示されているわけですが、リヨン美術館にあるという壁画そのものを
見てみたくなりますですね。


リヨン美術館ではシャヴァンヌとの繋がりを思わせるリヨン派の絵画も見られましょうから、
一度は訪ねてみたいところでありますよ。と、いつになるかは分かりませんが…。