「切り裂きジャック」事件 から125年と言いましたけれど、
それ以上に、というよりそれとは比べ物にならないくらいの話題であったのが
1963年に起こったJFK暗殺から50年目ということになりましょうね。


取り分けアメリカでは数々の特番が制作されたようで、そうしたものの供給を受けて
CS放送でもケネディ、オズワルド、ついでに(?)ロバート・ケネディの暗殺まで

いろんな番組が目白押しだもんで、先に切り裂きジャックざんまった以上に

JFK三昧になってしまったような。


で、一応公式(ウォーレン委員会報告をもって公式と言うかどうかはありますが)には
オズワルドによる単独犯行であるとされているジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件ですけれど、
番組のひとつにあったアメリカ国民へのアンケート結果(せいぜい数千人でしょうけど)によれば

「そんなこたぁない!」と思っている方々がたくさんおいでなのですなぁ。


狙撃者が教科書倉庫ビルからのひとりだけで「あんなふうに撃てるはずがない」という

意見を聴けば、ダラスでのライブ映像が映し出す致命傷となる被弾の瞬間を見ても、
JFKが大きく後に振られたように見えることから、

とても後方から発射されたものと思えない気がします。
(これは、後に振れたからと前方からの狙撃と言い切れるものではないらしいのですけれど)


そして、沿道でパレードの車列を見ていた人たちの中にも
ビルとは反対側からの銃声を聴いたという人が複数いて、その証言を聴けば、
とても単独での犯行とは思われなくなってくるところでもあります。


こうした辺りの細かな証拠、証言のひとつひとつの内容はともかくとしても、
捜査・調査の段階でひとつひとつが均一に取り扱われておらず、
どうもオズワルド単独犯が導かれるものだけを恣意的に選択したように見えてしまう…
これがコンスピラシー(共同謀議)を疑わせるのでありましょう。


では、いったい誰が?ということになりますけれど、これまた議論百出の様相で、
共産主義勢力、マフィア、連邦政府などなど疑い出すとキリがないほどのようです。


先のアンケートではその結果から統計的に考えると、
真相が何かしらのコンスピラシーによるものと信じているのは北部よりも南部に多く、
大卒以上よりも高卒までの人が多く、白人よりも黒人が多く、高所得者より低所得者が多く…
といった像が浮かぶそうなんですが、

要するに「金持ち連中、頭のいい連中は何をやってるか分からん」的な
不信感があるのかもしれませんですね。とばっちりを食うのはいつも俺達だ!と。


ではありますが、そうした像を別にしてもコンスピラシーを疑う人たちはいるわけでして、
映画「JFK」で政府によるコンスピラシーを示した監督のオリバー・ストーンは
その典型的なひとりでありましょう。


映画「JFK」は、見れば「なるほど、そういうこともありそうな気も…」と思うわけですけれど、
「おかしいな」と気付いたことを確かめていこうとすると「やっぱりおかしい」となるという点で、
多くのドキュメンタリー番組と方向性は同じかなと思うのですね。


これに対して、1973年に制作された映画「ダラスの熱い日」は
コンスピラシーに基づいた犯行グループありきとして、彼らがどのようにJFK暗殺を目論み、
どのようにオズワルドを犯人に仕立て上げたかという点で、

古い映画ながらむしろ新鮮な気もする。

久しぶりに見てみて、そう思うのでありますよ。


犯行グループの主体はどうやら軍産複合体と思われますが、
いろんな立場が関わっていることを示唆しているものの、必ずしも詳らかにはされません。


結果的にこの犯行がどういった主体の下に行われたとしても、

その人物たちがこんなふうにやったらできてしまうことなんだ…とは思わせてくれるという。


特に、人里離れた場所(西部劇に出てくるような場所ですね)に
JFKがダラスで行うと想定されるパレードの沿道を模して、狙撃点の高さ、距離を再現し、
三地点に狙撃者を配置して実際に的を乗せた車を走らせ、予行演習するあたり、

さもありなむという印象が。


仮に一人の人間が多分に感情的な爆発で狙撃したとするならば、
あまりに成功の確率が低いのではと思われることが、
こういう段取りでならば暗殺の確実性が増すと思われることを試みているわけで、
目標をヒットするとの強い意志が働いているように見えてくるのですよ。


「JFK」とは全く異なるアプローチですけれど、数あるドキュメンタリーとも違う、
いわば映画らしさをもって、この疑惑に臨んだということになりましょうか。


そうそう、最後の最後のところですが、

ドキュメンタリーではあんまり触れない「え?そんなことが?!」に驚かされることは必定かと。