夏目漱石と美術の関わりを推理(?)した本 を読んだことで思い出し、

ちと探究しておこうかと思ったのが「人魚」のことであります。


藝大美術館の「夏目漱石の美術世界」展 で改めてウォーターハウス作の「人魚」の絵を見ましたけれど、

この絵が漱石の「三四郎」に出てくる人魚のエピソードの元になったということでありました。


で、そのウォーターハウスの「人魚」ですけれど、

前には(漫然と見ていたのでしょう)気付かなかったのですが、

魚となっている尾っぽの部分が妙に長いなぁ・・・ということなんですね。


今回ちと参考にした「人魚伝説」という本の表紙には

デルヴォー描くところの「人魚」があしらわれていますけれど、

こちらの尾っぽはウォーターハウスに比べて短い…

つまりは、その部分が人間の脚だったとしたら、このくらいの長さだろうと思えるくらいではないかと。


人魚伝説 (「知の再発見」双書)/ヴィック・ド・ドンデ


一方でウォーターハウスの方はいえば、

腰掛けてひざを折ったあたりから腰周りをぐるりと巻いて、すっかりお尻を隠せるほど。


この違いはもしかしてですが、

「人魚」のイメージを大きく転換させたとも言われるアンデルセンの「人魚姫」が関係しているかもですね。


ちなみに、ウォーターハウスの作品は1900年のもの、デルヴォーの方は1949年。

そして、アンデルセンが「人魚姫」を発表したのはどちらよりも早い1836年ですけれど、

童話「人魚姫」のヒロインの視覚化に大きく影響したとも思われるコペンハーゲンにあるブロンズ像は

1913年の公開、つまりウォーターハウスより後で、デルヴォーよりは早いということになります。


では、アンデルセンの「人魚姫」はそれまでの「人魚」とどう違うのか。

多くの方がご存知のようにアンデルセンの「人魚姫」は悲恋の末に果てるという悲劇のヒロインですが、

それ以前の一般的な「人魚」のイメージはもっぱら船乗りを海に誘い込んでしまう魔性なわけですね。


後者のイメージは元々ギリシア神話のセイレーンから派生したものでして、

美しい歌声で船乗りを惑わすところはやがてライン川のローレライ伝説にも繋がっていきますけれど、

セイレーンのそもそもの姿は上半身が人間、下半身は鳥という異形。


出所であるギリシアあたりで考えれば、海に島がたくさんあるという地域柄ですから、

船が通るたびにどこか近くの隠れ家たる島から飛来する鳥であってもいいのでしょうけれど、

伝説が広まる過程では水との関わりがはっきりとする「下半身は魚」とした方が

受け入れやすかったのではないですかね。


こうした長らくの伝承の後、ウォーターハウスが描いた頃には、

アンデルセンの「人魚姫」は発表されているわけですから、

こちらのイメージに引き摺られることはなかったのか?ですけれど、

昔からの人魚のイメージには船乗り(たぶんに男性でしょう)を惑わす魔性の要素がありました。


ここで英国の世紀末を考えてみれば、

以前別に赤毛との関係で探究した「ファム・ファタル」に行き当たるわけですね。

そうしてみれると、ウォーターハウスの「人魚」は赤毛といって言えないこともないような。


こうして魔性のものと考えた場合には一見妖しい美貌を備えていても、

やはり異形を感じさせる要素は必要になりましょうから、魚としての尾の長さはひとつの

異形性を際立たせることにもなろうかと。


これは古くから残る「人魚」の図像にも見られることで、

あたかも海蛇かとさえ思える長い長い下半身をもった図像も見受けられます。


一方でデルヴォーの方は、デルヴォーが描くものですから単純に悲劇のお姫様とはいえないものの、

図像的には人間の寸法になっている。

何となれば、普通に(人間の)読者に対して怪しげな雰囲気など感じさせずに

物語に感情移入してもらうには、どうしたって異形性は少ないにこしたことはない。


あいにくとコペンハーゲンには行ったことがありませんので、

「人魚伝説」の中の図版で有名な人魚姫の像をみましたけれど、

これはどう見てもほとんど人間の脚ですよね。


Wikipediaには「モデルになった人の脚があんまりきれいだったので…」といった説が紹介されてますが、

作者のエリクセンなりに原作のイメージから想像していくと、結果的にこうなってしまったのかもしれません。


ところで、こうした見た目の違いにも関わらず、

ウォーターハウス作品の原題が「The mermaid」であり、

デルヴォー作品の英語タイトルが「Siren In The Full Moon」であるのは

伝説の伝言ゲームみたいなところがあって、これまた興味深いところではないでしょうか。