ひと頃馴染んだ名前もどこへやら、
企業合併が繰り返されるといったい元はどういう名前だったっけということがよくありますですね。
こうした点では以前銀行のことに触れましたけれど、製薬会社もまたしかりではないかと。
外資になりますが、グラクソ・スミスクラインという製薬会社があります。
一般的にわりと知られた製品名で言いますと、風邪薬の「コンタック」が挙げられましょうか。
いかにもな名前の通りにグラクソとスミスクラインとが合併した会社ですけれど、
「コンタック」はスミスクライン側の製品でありました。
で、ここでスミスクラインとだけ言ってしまっては片手落ちでありまして、
グラクソと合併する前にはスミスクライン・ビーチャムという会社名だったのですね。
言うまでもなく?こちらもスミスクラインとビーチャムの合併会社ですが、
グラクソとの合併にあたってビーチャムの名前が消えてしまった…。
このあたり太陽神戸三井銀行が(一時期、さくら銀行となってましたが)住友銀行との合併で
三井住友銀行という現在の名称になりましたけれど、
「あらら、太陽神戸はどこへ?」というのと似た感じ。
ところでそのスミスクライン・ビーチャムですけれど、
仕事がらみでフィラデルフィアの事業所(当時の本社?)を訪ねたことがあります。
ランチョン・ミーティングのような席で昼飯に出てきたのが、
ざっくり半分に割ったレタスの真ん中にちょこちょこっと何かしらが乗ったサラダのようなもの。
後からまだ何か出るのかと思いましたら、昼食としてはこれでおしまい…。
製薬業などに関わるエリート諸氏はとりわけ健康志向が強いのか、
こんなのが昼飯なのか?とびっくらこいたことを思い出します。
ヘルシーではあるんでしょうけれどねえ…。
また、帰りがけに社内売店で土産がわりというわけではありませんが、
本場もののコンタックを買って帰ったのですね。
帰国後しばらくして鼻風邪だなぁというときに飲んでみますと、
それまでずるずる言ってた鼻が「スキ―――――――!!」とするばかりか、
カッラカラに渇いてしまい、そら恐ろしいほどの効果にもまた仰天したという。
アメリカ人の体格に合わせて作ってあったのかもとは思いましたけれど。
と、思い出話ばかりで長くなってしまってますが、
ここで触れようと思ったのはあれこれ出てきた製薬会社のうちのビーチャム製薬のこと。
このイギリスの製薬会社(スミスクラインはアメリカですが)の家系、ビーチャム家に
トーマス・ビーチャム(1879-1961)という人がおりまして、指揮者として知られているのですね。
こういってはなんですが、金持ちの家庭だっただけに著名な演奏家とも交流があったようで
訪ねてきた音楽家からトーマスぼっちゃまはてほどきなどを受けながら、
自身もなんとなく?音楽家になってしまったてなところでしょうか。
ですが、アマチュアまがい(失礼!)で舞台にのぼる機会がそう回ってこないと思ったのか、
1932年にはロンドン・フィルハーモニー管弦楽団を創設、
また1946年にはロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団を創設、
そしてオペラを振りたいと思えばロイヤル・オペラ・ハウスを借りきって公演に及んだり、
後にはイギリス・オペラ・カンパニーを立ち上げたりと
それこそやりたい放題のおぼっちゃまと言ったところかと。
こんなふうに自分のために惜しみなくお金を使ったビーチャムですが、
一応他の音楽家たちのことも考えたのか、引退後の音楽家ために
「ビーチャム・ハウス」なる施設を作った…ということにして、
これが映画「カルテット!人生のオペラハウス」の舞台になるのですね。
「ということにして」ですから、
ビーチャムが本当に私財をはたいてそのような施設を作ったというわけでなく、
映画の中の架空のお話。ですが、ビーチャムご本人のことに触れてみますと、
「ビーチャム・ハウス」というネーミング自体が揶揄のようにも思われなくもないところかと。
映画の中でも、
その名を借りてる都合上?トーマス・ビーチャムの大きな肖像画が飾られてますが、
「薬(下痢薬といってたか、痔の薬といっていたか)で儲けたんでしょ」と登場人物から
言い放たれておりましたですよ。
舞台はさきほど触れたとおりに「ビーチャム・ハウス」という引退音楽家のための施設。
ヒントになっているのは、イタリアの作曲家ジュゼッペ・ヴェルディが晩年に創設した
「音楽家のための憩いの家」とのこと。
ヴェルディの音楽がふんだんに使われているのも、
ヴェルディへの敬意を込めてということなんでしょう。
とまれ、この映画を見て思うところはこんなことでしょうか。
昔だったら「すっかり老けこんでしまって…」というお年頃の方々にも、
かつてに比べて延びた平均寿命に照らしてみれば
「まだまだ若くて活力十分」てな人たちがたくさんいらっしゃる。
歳相応(?)にひざや腰に痛みがあったり、物忘れが激しくなったり…という部分を抱えつつも、
昔取った杵柄はしっかりつかんで離さない。
取り分けビーチャム・ハウスに集う面々は音楽家として聴衆を湧かせた技量の持ち主ですし、
資金難を抱えた施設の運営費に充てようとガラ・コンサートが企画され、
それぞれの出し物の練習に余念のない毎日。
そこへ往年の大プリマドンナ(マギー・スミス)がひっそりと施設入りしてきますが、
何やら一人で誰かしらへの「謝罪の言葉」を練習している姿は実に意味ありげです。
ではありますが、ストーリーに大きな起伏はなく進んでいきますので、
これ以上話に触れるのはやめとくとして、
ともかく「歳をとることを前向きに考えようなかな」と思えるような映画に仕上がっているなと。
映画には直接的にそう思い知らせるような仕向けはありませんけれど。
「マリーゴールドホテル」に続く、ここへ来てのマギー・スミスの健闘ぶり。
映画でも実社会でも高齢者が元気であるということでありましょうか。
さあ、どんどん老人力を磨いて溌剌といきましょうかね。
と、本当のところは映画「カルテット!」を見てきましたというのが今日の本筋だったですが、
とんだ展開になってしまいました。
もひとつだけ触れておきますと、
シシーを演じているポーリーン・コリンズの、認知症が進みつつあるのか、
意識がひとりあっちへいってしまったかと思うと、こちら側に戻ってきたりというあたりの演技には
目を瞠るところでありますよ。