私は自治医科大学を卒業して、現在は人口700人程の村の診療所で勤務しています。
ここで働く前は、同県の大学病院で勤務しておりました。今回大学病院と僻地診療所という真逆の立場の医療を経験して、感じたことを書いていこうと思います。
まず、大学病院で働いていると色々な問題点を感じます。
大学病院に通院する患者さんは、難しい病気を抱えていて、専門的な診察や検査、治療を必要とする方が当然のことながら多いです。
しかし必ずしもそうでない方も一定数います。
何年も同じお薬で、病状は安定しており、近くの開業医に通院するとなっても絶対大丈夫と思う方も、実際は数多く大学病院に通院されています。
何故そういう方が通院されているか……
理由は、大学病院じゃないと絶対嫌だと思っている方、いわゆる大学病院信者が患者さんの中にやはり一定数いるからです。
この方々は大学病院を離れたがらない、いかに病状が落ち着いていても、近くの開業医で大丈夫と説明しても、大学病院で引き続き治療を希望される。たとえ一度近くの病院に紹介しても、ちょっとしたらまた帰ってくる、または紹介しようとすると激昂される、そんな感じで結局医師の方も諦めて引き続き大学病院での診察を行う、といった形で大学病院がかかりつけの病院になります。
ただ患者さんの気持ちも当然理解できます。
大学病院がかかりつけであれば、何か大きな健康上の問題が生じた時に、まず初めに大学病院に緊急で受診できたり、また救急搬送してもらえます。大学病院に普段かかってない方や、または以前大学病院に通院していたことがあっても、ここしばらくは大学病院にかかっていない方の場合は、まず大学病院が受けてくれる可能性は低いと思います。大抵、「ベッドに空きがないので他当たってください」などの理由で断られます。誤解を招かないよう説明しますが、これは決して嘘をついてる訳ではありません、事実なのです。
大学病院で空床が数多く存在するなんてことはまずありえません。
ただかかりつけの患者さんが緊急で受診し、入院させなければいけないとなった場合は、他の科のベッドを一時的に借りるなり、退院する患者さんや予定入院される患者さんを上手く調整するなどして、何とか入院できるよう便宜をはかります。かかりつけの方でなければそこまでのことはしてもらえません。
なので、普段大学病院に通院していることは、患者さんにとってすごく心強いというのは事実だと思います。
私も僻地診療所で勤務していますので、定期的に大学病院にかかっている患者さんは、やはり何か健康上の大きな問題が生じた時に、まず大学病院に受け入れをお願いできるという安心感みたいなものがあるのも事実です。
一方で、医師の心理としては、病状が安定したら開業医や地域の病院に逆紹介を、と常々考え、タイミングを見計らっています。
開業医や地域の病院から大学病院へ紹介する、大学病院で検査や治療など行い、病状が安定したら開業医や地域の病院に再度紹介しなおして、引き続き開業医や地域の病院の方に通院してもらう、これは逆紹介と呼ばれます。
そして大学病院にいると、逆紹介を推進していくように、といった病院側からの無言の圧力みたいなものもやはり感じます。
大学病院で働いているとわかりますが、積極的に逆紹介して、大学病院への通院を終了させるようしていかないと、外来で抱える患者数は右肩上がりに増えて、いずれキャパオーバーになってしまいます。よく3時間待ち3分診療などと言われますが、出来るだけ多くの患者さんを診てあげようとすると、自然とこのようになってしまうのです。
これはキャリアを積んだ経験豊富な医師だけではありません。4-5年目くらいでまだ医者として半人前、しかも患者受けも良くないような医者であっても、逆紹介していかなかったら患者さんはどんどん増えていく、これは紛れもない事実だと思います。
ここが僻地診療所で働いていて感じることとの一番の違いかもしれません。
僻地診療所では、医師として信頼され、「また来たよ」みたいな感じで、患者さんが来てくれる、そして困ったことは何でも相談してくれる、そういった関係性を患者さんと築いていけることは、医師としてのやりがいを感じますし、非常に喜ばしいことです。私は県から雇われてる立場なので、患者数が増えても、給料が変わりはしませんが、開業医さんであれば、患者数が増えることは売り上げの増加にもつながるので、より一層嬉しいことだと思います。
ただ大学病院で働いているとやっぱりそうじゃありません。もちろん信頼されて、自分の外来に患者さんが来てくれることは嬉しいことですが、いくら私のことを信頼してる方でも、病状が安定してる方であれば、開業医さんの方に戻って治療受けてよ、とどうしても感じてしまいます。
大学病院での医師の仕事は外来だけではありません、また外来の患者数が多くても少なくても、もらえる給料は変わりません。
外来が終わらないと、入院患者の治療や、その他検査、また学生の授業など色々なところに少なからず影響がでます。
また大学病院に通院しなくても大丈夫そうな、病状の安定した方を外来でたくさん抱えると、先輩医師や同僚医師から、「大学病院じゃなくても大丈夫なんだから、早く開業医とか近くの病院に逆紹介しなよ」みたいなことも言われます。
大学病院で外来するということは、患者さんから信頼される優しい医者であればあるほど、多くの葛藤を抱えると思います。ある意味、自分を信頼して来てくれている患者さんを自分の元から突き放していかなければいけないのですから。
よく大学病院の外来で耳にする「ここはそういう病院じゃないから」という言葉は、冷たい言葉のように聞こえますが、裏にはこういった事情が含まれているのです。
理解のある患者さんは、医者からの説得に渋々ですが納得され、逆紹介を受け入れてくれます。
しかし中にはややこしい患者さんもおり、「開業医に戻るなんてありえない、大学病院じゃなきゃ絶対嫌です」と逆紹介を受け入れてくれない、または逆紹介を提案すると激昂されるなどで、理解が得られない方も一定数います。
医者もそういった患者さんと何十分も押し問答するのも、精神的に疲れますし、他の患者さんにも迷惑かけるので、無理だと思ったら、逆紹介を諦めてしまいます。こうして病状は非常に安定しているにも関わらず、大学病院がかかりつけになっている患者さんが一定数生まれ、どんどんと増えてくるのです。
(そしてそういった患者さんは、大抵の場合、訴えも多く、話が長いです。)
そしてそのことが、大学病院で働く医師が長時間労働を余儀なくされる原因の一つになっているのも、また事実かと思います。
なので、私も大学病院で行う外来はあまり好きではありませんでした。僻地診療所での外来の方が、雑談する時間も十分とれますし、患者さんと深い関係を築いていけるというのは、あると思います。
もしあなたやあなたの家族が、患者として大学病院を受診される場合は、そういった事情も理解した上で、主治医の先生と話をすると、より良好な関係が築きやすいかもしれません。
本日はこの辺で、また僻地診療所で働いていて感じたことを適宜書いていこうと思います。
ではでは