3/1(日)12時、名古屋御園座、千秋楽

友の会の当選でSS席4列めにて。

名古屋近い!


前置き

以前から自覚しているのですが、私は作り手にあまり興味がないんです。この人だから楽しみとか、この人だからビミョウかも?とか。たとえ人間的にはクズのような人格破綻者が制作したのであっても、作品が見応えがあれば受け入れが可です。

そのくせ、素材にはこだわりがあって。時代とか人物とか背景とか歴史とか、特に戦争や犯罪がベースにあるものは激しい警戒感がブレーキをかけます。

映画は内容を知って見ないという選択肢がありますが、宝塚はチケットがとれれば観に行くのでww、普段はチョイスしない作品に触れる可能性があります。

たとえ純愛があっても、美しい人たちが演じていても、本質は人殺しや強盗や詐欺であって、砂糖に包まれているからこそ騙されてはいけない、こういう人ややったことを肯定するような罠に陥ってはいけない。

めんどくさくてもそれが私の、いわゆる道徳観念なので。

というわけで、今回は私のなかに二人の私がいつもいました。

一人は作品のできばえや演者の熱演を評価する私。

もう一人は作品の伝える内容を判断する私。

そしてなるべくTwitterなどをスルーするようにしていました。複雑な感想になりそうだから先入観なくみたかったので。


今日の写真はこちら




一人めの私

まず先にいい方の感想から。

作品のできばえは、思っていたよりはるかによかったです。(*’ω’ノノ゙☆

咲ちゃんと夢白ちゃん、とても似合ってたし、咲ちゃんはダントンみがあってというか、あんなにシュッとした優男ふうなのに、ワイルドで重戦車みたいなセリフや歌唱が違和感なかった。ダントンの時は、正直似合ってると思えなかったけど、きっとあれから引き出し増えたんだな~。夢白ちゃんは、実にいろんな顔を持ってるな~と。『大和路』のようなはかない女郎もピタリと決めてきたし、今回のように明るい強めの役も合ってる。

ワイルドボーンの楽曲はすばらしくて、単なるコーラスにとどまらず掛け合いがあったり重なりあったりすることで、とても厚みが出ていたと。重なりあうので時々歌詞が聞き取れなかったりもあるのですが、それで何かがわからなくなることはなく、テーマ曲のように繰り返し歌われるいくつかの曲はメロディアスで耳に残りました。


野々花さん、過去一よかった。バック(そら)の妻で、クライドとは義兄弟ながら、バックを正しい道に引き戻そうとする良心の象徴のような人物。優しくて堅実で身の程を知る小さな日常を幸せと言える心の豊かな女性の役。歌唱もたっぷりあって、しかもその切ない心のうちを十二分に聞かせてくれた。途中からバックに引きずられるようにしてボニクラたちと行動を共にしてしまうけれど、それでもバックを正しい道に導こうとはしていた(と見えた)。自分の身を省みずバックの最期に寄り添うところは出色でした。


そらにはもっと歌ってほしかったな。て言うか、もっと歌ってると思ってました。う〰️ん、本編ではあまり歌うところがなく残念。そして風体が…色味多めのカジュアル感過ぎて、話に合ってなかったと思う。ジャンパーにチェックのシャツを腰巻き?どっちか言うと爽やかなあんちゃんて感じで。そしてとにかく見た目が若い、若すぎる。なんだろ?無精髭でもあればちがったのか?ビジュアルはもう少しあらすじや立場に合ったものにしてほしかったわ。最後のショーでやっと実力発揮。この次は何卒そらの活きる役をお願いします。


咲城くん、幼なじみのボニーを思い続ける保安官という重要な役で、歌唱もセリフも多くてしっかり雪組でポジションを得たかんじ。あまり背も大きい方ではないのに、骨太に感じられた。この役は(雪組政策的には)カセキョーあたりに振られてもしかたのないところだったけど、咲城くん大健闘。


あすくんの神父さま、こういう話に神父さまが出てくると不謹慎だけどなんだか笑えちゃう。あの胸に下げた大きい十字架がよくないと思う。ただ歌唱でねじ伏せましたね。おおらかな歌声、余裕を感じさせる笑顔がいい。黒髪のあすくん、ツボです。

ほか、りーしゃや、おーじくん、最近は天月くんも目が離せない。上級生がやるべきことをしっかり固めて、頼もしい。

娘役さんでは、杏野さんや沙羅アンナさんの熱演に引きつけられました。母親の気持ちは同じ母の立場として寄り添いやすいんだよね。


二人めの私

さてここからはよくない方のはなし。

作品の内容を判断する二人めの私は作品を俯瞰した所にずっといて、この素材を受け入れられませんでした。

今巷で話題になっている、『ルフィ』を指示役とした強盗組織の暗躍。労働せずに、人のものを奪っていい暮らしをしようともくろむロクデナシどもと重なります。


時代は大恐慌で土地も失いお金もなく、浮浪者のような暮らしをしていたかもしれないけど、だからと言ってひとさまのお金を盗ったり、命を奪ったりしていいわけじゃない。そもそも「手っ取り早く食料品店かガソリンスタンドでお金を奪って」と、当たり前のように言うところから違う。クライドは特に、少年の頃からかっぱらいや万引きをしていて規範意識がほぼない。ボニーはクライドを庇って「いい人なの」と言うけど、「いい人」が強盗や殺人をするなら世の中に悪い人なんていない。

二人が惹かれあって、お互いに大好きなのはよくわかった。ボニーもはじめはクライドを止めようとしたし、クライドがはじめて人を殺したと聞いたときは、女優になる夢の邪魔になるからと離れようとした。でも結局は戻ってきた。だいたい自分が脱獄を手助けしたんだし、いまさら女優になる夢でもない気がしたけど。きれいな服や美味しいご飯が手に入るようになって、それからはボニーも感覚がマヒしていったんだろうな。だいじなものはお互いだけ。それは一見きれいなようだけど、自己満足で自分勝手。自分たちの幸せのために、ほかの人を踏みつけにして得たわけだから。

ただクライドはいずれ自分も報いを受けるとなんとなく確信しているっぽい。それがこの話の唯一の赦しと言えるかも。


0か100かでなく、平均でもなく

反社会的な小説や舞台や映像作品は世の中にいくらでもあるが、それが成功したという話はあるのだろうか?こういうことは結局自分のためにはならないんだという反面教師的な意義を作品に負わせるならともかく、ただ単に義賊?ともてはやされ、青春群像などと美化されるとしたら私はそれには組みすることはできそうにない。


作品のできばえは満点、ただしその素材と扱いは0点ともできない。平均して50点というわけでもない。

やはり二人の私がいて引き裂かれながら見たというのが真実で、忘れられない作品となったことはまちがいない。千秋楽のSSなんて当たるわけないと、しれっと申し込んだのが11月。当選の知らせには驚いたが、これも何かの縁だからと名古屋行きを決めてよかった。



最後に今日のおみやげ。


名古屋に行ったらこれだけはぜひ買いたいと思っていた赤福の《白餅黒餅》(タカシマヤ)と、

新幹線改札構内のコンビニで偶然見つけたプリン照れ

鰻の大好きな咲ちゃんは、舞台稽古から20回食べたとカーテンコールで笑ってました。名古屋グルメで鰻は有名ですが、私はいただかないのでおみやげは甘味で。