サイキックスです。
今回の台風で被害に遭われた方に心よりお見舞い申し上げます。
私は直接的な被害を受けませんでしたが、
私の知人がちょうど例の武蔵小杉タワマン(トイレ1ヶ月禁止のとこ)のオーナーで
かなり精神的に参っているようでした。
今回は、私の相場に入ったきっかけと
今までの軌跡についてお伝えしようと思います。
■相場の世界へ入ったきっかけ
私が相場に入った世界もきっかけも「大規模災害」でした。
今から約8年前、
2011年3月11日、東日本大震災が発生しました。
そして、この震災こそが私の人生の運命を大きく変えた転換点です。
震災が起きた日、
私は関東に住んでいたため、大きな被害には合いませんでした。
そして当時、雇われのシステムエンジニアとして
月収30万で働いていました(今考えるとかなりブラック)
そして、震災から数週間後に
私の一番の友人でもあった同僚が
「退職して脱サラする」
と言い出しました。
理由を聞くと
友人は株をやっていて
震災が起きて数日間にかけて、一時パニック相場となり、
空売りしていた銘柄が暴落し、かなり利益が出たから辞めるとのこと。
その時、私は相場のことなど何も知らなかったので、
ただただチンプンカンプンでした。
友人の最後の出勤日、デスクを片付けながら
「人生アガりやな。こんな世界とはオサラバや。」
と言っていたことが不思議とずっと頭に残っていました。
ほぼ同時期に同じ会社に入って、
会社の中での立ち位置も同じだった友人が遠い場所に行ってしまった。
自分もこのままでいいのだろうか。
そう思い、相場の世界へ踏み入れ、
私は株ではなく、為替(FX)の世界
少しずつ勉強をすることになる。
■何をやっても勝てなかった時期
やっていくうちに大きく相場にのめり込み、
来る日も来る日も暇さえあればチャートを眺めていました。
本屋で投資関連の良さそうな本は全て読みました。
(お金がなかったので全部立ち読みでした。当時の本屋さんごめんさい)
良さそうと呼ばれる手法はあらかた試しました。
分厚いパソコンで穴があくほど「勝ち方」を検索しまくりました
それでも勝てなかった。
そしてその後、MT4のプログラミングを学び、
移動平均線、ボリバン、オシレーターなど
片っ端から検証していきましたが、
それでも単独で勝てるロジックは見当たらなかった。
■第二の転換点
ある時
「今なんで相場が上がっていて下がっているのか?」
とふと思い、ひたすら相場が動く理由を自分で書き込んでいった。
そこで初めて
チャートをわけのわからないグラフ、数値、ではなく、
「誰かがそこで買った、誰かがそこで売った」
という売買ベースで考えられるようになった。
このヒラメキが、私の人生を大きく変えた震災に次ぐ第二の転換点。
これに早い段階で気付けて本当に良かった。
これに気づき、検証スタイルを変化させ、
ライントレードにたどり着き、
時には業者に1000万没収されることもあったり、
無知なばかりに税金でやばい思いをしたこともあったが
結果として今の資産を築き上げることができた。
相場には、数年間に大きな転換点が起こる。
2011年の東日本大震災をきっかけに相場の世界へ入り、
8年後の2019年1月3日に起きたフラッシュクラッシュ。
私はこれを大きく味方につけて、2019年現時点で最高益を更新した。
「時代の転換点にうまく乗れるか」
「そして本質を見抜くことができるか」
この2点で収益、その後の人生が大きく変わる
もし、このどちらが不足していたら
億はおろか、サラリーマンの年収も相場で稼げていなかったと思う。
ちなみに友人は、時代の転換点には乗れたが、
本質を見抜くことができなかったばかりに
のちに、全財産を失うことになった。
今回の台風は為替チャートには、影響をそこまで及ぼしていないが、
テクニカル的に今のチャートは
「極めて重要な時代の大きな転換点」にいる。
(ドル円の話)
ここの値動きの本質を掴み、うまく乗れるか、乗れないか。
■総括
少しばかり自分語りをさせて頂きました。
今回はあえて新サイトの方ではなく、ブログに書いてみました。
私の人生の軌跡でもある今回の内容が
少しでもあなたのトレード人生に良い影響を与えられたら幸いです。
■追記
僅かではありますが、「トレード1日の利益141万4千円」を
災害支援サイトを通して、何分割かにわけていくつかの自治体に法人名義で寄付させていただきました。
あたためて、被害を遭われた方に心よりお見舞い申し上げます。
何か私にできることがあればLINE@で言ってください。
できる範囲内で対応させて頂きます。
今日はここまで。