宇宙戦艦ヤマトTV版の第24話に、こんなメッセージがあったのかぁ~ っていう、ちょっとした発見があったので報告します。
放送当時は1974年(昭和49年)ですから、私が5歳の頃です。
もちろん話の内容までは記憶にありませんが、夢中で見ていた記憶はあります。
もちろん話の内容までは記憶にありませんが、夢中で見ていた記憶はあります。
話は宿敵ガミラスの本拠地であるガミラス星での戦闘・・・デスラー総統も決死の覚悟で全勢力で立ち向かいます。
濃硫酸の海と暴風による侵食、機雷による上からのプレッシャーに苦しめられたヤマトですが・・・
沖田艦長の機転により、濃硫酸の海にもぐり、死にかけているガミラス星自体へ波動砲を発射!
なんと、ガミラス全体を窮地に追いやり、最終的にはガミラスを倒してしまいました。
濃硫酸の海と暴風による侵食、機雷による上からのプレッシャーに苦しめられたヤマトですが・・・
沖田艦長の機転により、濃硫酸の海にもぐり、死にかけているガミラス星自体へ波動砲を発射!
なんと、ガミラス全体を窮地に追いやり、最終的にはガミラスを倒してしまいました。
展開的に戦艦一隻で星全体に勝っちゃうってのは無理がありますけど、そこはご愛嬌。
戦いが終わってボロボロになったヤマト・・・古代進と森雪が甲板に出て、滅んでしまったガミラスの状況を眺める。
いきなり雪が涙して、とんでもないことをしてしまったことを後悔するんです。ガミラスの人も、滅び行く自分の星に危機感を感じ、移住先を求めて国民のために必死になっていただけなのに・・・と・・・
いきなり雪が涙して、とんでもないことをしてしまったことを後悔するんです。ガミラスの人も、滅び行く自分の星に危機感を感じ、移住先を求めて国民のために必死になっていただけなのに・・・と・・・
そこで、古代が言った台詞です。
「俺達は、小さいときから人と争って、勝つことを教えられて育ってきた。……学校に入るときも、社会に出てからも人と競争し、勝つことを要求される。しかし、勝つ者がいれば負ける者もいるんだ。負けた者はどうなる?負けた者は幸せになる権利はないというのか。今日まで俺はそれを考えたことはなかった。俺は悲しい、それが悔しい!……ガミラスの人々は地球に移住したがっていた。この星はいずれにしろお終いだったんだ。地球の人も、ガミラスの人も、幸せに生きたいという気持ちに変わりはない。なのに、我々は戦ってしまった。……我々がしなければならなかったのは、戦うことじゃない。…愛し合うことだった。勝利か。……糞でも喰らえ!」
勧善懲悪が常識であるアニメの世界に、敗者の側を憂うメッセージを発していたのには、本当に新鮮な驚きがありました。明らかに視聴者へのメッセージを感じました。
戦後の日本への憂いもあったのかと思いますが、今、この歳でこのアニメをみて、ちょっと感慨深いものがありました・・・
こういうメッセージが知らず知らずに子供の素直な心に浸透して、相手を思いやる心につながっているのかなぁ~ なんて思うと、アニメという枠を超え、大人も巻き込んで大ヒットしたのがうなずける気もします。
戦後の日本への憂いもあったのかと思いますが、今、この歳でこのアニメをみて、ちょっと感慨深いものがありました・・・
こういうメッセージが知らず知らずに子供の素直な心に浸透して、相手を思いやる心につながっているのかなぁ~ なんて思うと、アニメという枠を超え、大人も巻き込んで大ヒットしたのがうなずける気もします。
最近のアニメは設定やキャラクターに必要以上に固執して、なんか小難しくなってる作品が多い印象を受けます。
だからこそ、シンプルだけどメッセージ性の高いモノっていうのが、なんか懐かしく思えるんでしょうねぇ~
だからこそ、シンプルだけどメッセージ性の高いモノっていうのが、なんか懐かしく思えるんでしょうねぇ~