楽しいことだけをして生きたいというのは、全ての人間が考えていそうだが実はそうでもない希望



柳葉魚
野菜炒め
ステーキ



辛いことをして成長しようなんて考える人もいる。
楽しいことだけでは、立派な人間にはなれないと考えている。

嫌なことに対する姿勢を身に付けるには、やはり嫌なことをしてみるべきなのだ。



そうは言っても楽をしたがる人が大半だろうし、私もそうだ。
それなのに、義務でもない重責を負おうとする人は多い。例えば高校に行き勉強すること。辛い部活動をすること。
楽しいことだけを考えて生きようとして、ストレスは溜まっていくのだろう。



我々は自作の天秤をもっている。
片方に楽しさ、片方に辛さを載せて、傾いた方に向かうのだ。
人によっては、感度が高かったり低かったり、いつも傾いていたり、錆び付いて壊れてるかもしれない。
それがつまり個性で
つまり心なんだ。



細かく言うと、楽しさの方には世間体のように名前さえ楽しくない物も入っているだろう。
しかし、楽しくない物も楽しさを作る。回りの目を気にせずに自由でいることが楽しいことではない。



極論だが、楽しいことを知らなければ楽しくなくても辛くはない。楽しくないことを知らなければ楽しくても幸せではない。

楽しいことを知っているから、辛いことがわかる。
辛いことを知っているから、楽しいことを楽しめる。

見えない力が感情に作用している。ベクトルの向きや大きさを変えるだけでなく、もっと根本的な演算が行われているような気もする。



数学的に解くことはできない