我を忘れる瞬間がある。
我を思い出す瞬間がある。
隅の方で蔑む自分を見つけては、誰にともなく謝るのだ。




ミートソース
唐揚げ



私に限らず誰もがきっと、自分をコントロールしている。
恥ずかしい所は見られたくないし、優秀すぎる部分も見せたがらないものだ。
そうして誰もが、本当はやればできるのだけど見られたくないからやらないだけなんだ、なんて考えながら生きているかもしれない。

私がそうだ。

面倒くさがって何もやらないでいるうちに、出来ないこととやらないことの区別がつかなくなってしまう。
学問なんかよりも自分自身のことを考えるべきだ。



私は何が好きなのか
私は何が嫌いなのか
私はどうしたいのか
私はどう考えるのか



自分のことが分かるのならば、周りのことなんて考えなくてもわかるはず。関係というものは自己の中にしか作れないからだ。
この考え方であれば、世界は自分の中にある、といえるだろうか。



回りが見えなくなったとき、それはベクトルが大きいときだ。向きはどこだっていい。楽しくても悲しくても我を忘れてしまうものだ。
そうだと気付いたとき、人は急に恥ずかしくなってしまう。なぜか

小さな頃は人前で泣き、喚き、喜ぶ。
どうしてそれを辞めてしまうのか
なぜ素直でなくなろうとするのか



世の中はどんどん便利になる。
それはまるで、どんどん不便になる人間とバランスをとっているかのようだ。