ふと、思い立ったので内観をしてみました。

足りないものを酒や贅沢なんかで埋め合わようとするとか
他人に何かをしてもらって埋め合わせるとか
それも悪いとは言わないけど大変そうだと思ったりしました。
安っぽいものじゃなく、本物で埋めていきたいなって考えたんです。

どうしたらいいかと、思案したところで内観をしようと決めました。

『内観』
この言葉に馴染みのない方もおられると思いますので簡単に説明を。

母、父、兄妹や身近な人、時には自分の体の一部に対して今までの関わりを
1.してもらったこと
2.してあげたこと
3.迷惑をかけたこと
の3つの視点で繰り返し思い出す事です。

今回は一巡りだけしました。

対象は『自分の体』でした。
両親に対しては何度かやったことがあるので、今回は初のテーマです。
とりあえず足の先から頭のてっぺんまでやりました。

まーこんな感じです。

”足の指の爪”
1.してもらったこと
  ・29と余年、足の先を守り続けてくれた。
2.してあげたこと
  ・たまに切るくらい
3.迷惑をかけたこと
  ・伸ばし過ぎる。

”足の指”
1.してもらったこと
  ・キレのある動きを作ってくれた(バスケ部やソフトボール部だった頃はかなり耐えてくれた)
  ・歩けるようになってから毎日、来る日も来る日も地面を捉えてくれている。
2.してあげたこと
  ・たまに広げてやる
3.迷惑をかけたこと
  ・小さめの靴を履いて激しく運動した。
  ・水虫になった(もう治りましたけど)


そんな感じで頭のてっぺんまでやっていきました。


指の爪なんて文句も言わずにそっと守り続けてくれたし、これからもきっとそうでしょう。

足の指がなければバスケみたいな激しい動きはやっぱりできなかった。

足の指の毛とか、「そこにいてくれるだけでいい!」みたいな感じです(笑)。

耳は素晴らしい音楽をたくさん聴いてきてくれたし、目も奇跡のような景色を見てきてくれました。


コイツらは、人生のいろんな出来事を一緒に乗り越えてきたんだよなぁってシミジミと思いました。

『してもらったこと』や『迷惑をかけたこと』はた~くさんあるのに、『してあげたこと』はホンのチョッピリでしたね。


「いつもお世話になってますッ!!」そんな言葉はここで使うのが相応しい。

そして、何もしてあげてない自分がちょっと『恥ずかしい』のと、大事にしてやらねばなぁと思いました。思わず。



内観し終わってからですけど、色んなことが面白いんですよね。

一歩ずつ地面を感じて、自分の体重を感じて、地面を蹴る。
歩いてるだけで素敵なんです。

何だかそれだけで嬉しくって、口元が緩んでしまします。
ニヤニヤしてる怪しいヤツにしか見えないんですけど、はたから見ると。


ものを持っても面白い。
傘を持ったり、買いもの袋を指に引っかけたり。


いろんなことが不思議な感じです。


当初の目的に適っていたのかは、よく分かりませんが『内観』はよいものでした。



僕の今の生き方って過去の出来事に対して最適化してるなぁって思いました。

エネルギーや時間の使い方はもちろん、ほとんどの事柄について。


たとえばの話です。

過去、(僕にとって)膨大なタスクを期限内にしてきた歴史があります。

この仕事をこの期限までに、というヤツです。



毎日、いろんな業者と打ち合わせをしてきました。一日も止められない事もあります。

決定が一日遅れると、後工程で3日や1週間遅れる事もありますからね。(業者が休みに入るとか)


そうすると、継続する力が重要になってきます。

瞬間的に力を出すことは必要ありませんでした。


来る日も打ち合わせがあるのですから、瞬間的に仕事して燃え尽きることは出来ないのです。

なので、

「ブチ壊れても構わん! 見せてやれテメーのパワーをよぉぉぉぉ!!」

的な力の出し方はあまり得意ではないです。たまにはしますけどね。


たとえば、次の日が完全にオフだと思い切り酒を飲めるんですが、そうでなければパワーセーブしちゃいます。




また、時間の使い方も『効率』を追い求めましたね。

『先の一手は後の百手に通じる』

その言葉を胸に刻んでましたし、段取りを重視してましたね。


「行き当たりバッタリ? そんなの無理!」

な感じなのです。


計画を立て、その通りに行くことが(僕にとって)『良い事』なのです。

旅行なんかもその傾向が強いです。

自分語りが長くなりましたが、ここから本題です。


何も考えずに生きていたら、過去の出来事に最適化するんだろうなぁって思います。


でも、過ぎ去った出来事に対してなんですよね。

これからも役に立つのでしょうか。

それは分かりません。



本当は未来に対してそうしたいなって思います。


そう、望んでいる未来に最適化する。


望むライフスタイルが朝早いのなら早起きする習慣をつけていく。

山を登ったり、ダンスしたり、歌を唄いたいなら体を作っていく。


『先取り』と言いましょうか、『準備』と言いましょうか、望む未来に向けて最適化していくのもイイんじゃないかな?

ふと、そう思いました。
久しぶりの私事です。

友人に会いに東京へ足を運びました。
直接お会いした事はなかったのですが、Facebookを通じてお互いに知り合いでした。
SOBという学校に通う仲間です。

お互いに「会いたいなぁ」と言っていたので会いに行ったんですね。
『彼女との約束』と、会うと決めた『自分自身との約束』を果たすために。

彼女は既に旅立ち、お通夜に出席したので最初で最後の対面でした。

なぜそんな事をしたというと、『自分の人生に後悔を残したくなかった』からです。

それと、『やりたい事をやりたい時にやりたい様にやる』
時間やお金の事を気にせずに。
そんな生活を手に入れたいのです。

ホンの短い時間でありましたが、東京と大阪を往復していた間はその生活を手に入れてました。

まずは自分の内面を創る。
その後、鏡たる外の世界は追いついてくると(いいなぁって)思っています。
なので、この一歩は大きいと思います。

そんなわけで、ちょっくらトーキョーに行ってきました。