物心ついた頃、私はアトピーで、毎日薬を塗られ、掻かない様に包帯を巻かれていた。
昔はシッカロールをパタパタと、被れやすい所にはたかれて。
今は毛穴を塞ぐからダメな行為らしいけれど。
肘や膝の裏、首など、汗の溜まりやすいところはすぐ痒くなる。
それは大人になった今でも、
処置を怠るとすぐに顔を出す。
皮膚科は、そういう意味で昔から馴染みの科だ。
蕁麻疹が止まらない。
痒みが酷くて眠れない。
ひとりで診察に行ける様になると、先生から
「なんかイライラしたりしてる?
思い通りにならない事があるんじゃない?」
???
意外と出るんだよ。
心に思っている事が、皮膚にね。
まあリラックスして、
あんまりイライラしない様に過ごしてね。
なんて。
対処は塗り薬や飲み薬のみ。
心は紐解いてもらえなかったが、
そういう先生何人かいた。
命に関わらない病気は中々研究が進まないのよ、
という先生もいた。
眠れない痒みは中々キツイ。
見た目のザラつきは、余計心を閉ざす。
シミができた。
シワができた。
日焼けした。
虫に刺された。
毎日見ているけれど、
この皮膚がバリケードになって、いつも守ってくれている。
内臓の異常も皮膚が教えてくれる。
皮膚は一枚の大きい臓器。
なのに、とても繊細だ。
熱い。
冷たい。
痛い。
痒い。
小さな声だ。
靴下の中のほんの小さな異物、
髪の毛1本でさえ、違和感として気づかせてくれる。
それを無視しないでいるから、
大事に至る事がない。
深く傷つける事もなく、
その一歩手前で止まる事が出来のだ。
でも、もし。
皮膚の痒みが心の叫びだとしたら。
身体は教えてくれる。
でもその時、
心の叫びだとは自分が認識していない。
最初の防壁。
そこで留まる。
これ以上進むと辛いよって。
でもその声は、
皮膚の病の部分だけしか見てあげられない。
風に当たるだけで痛む。
子供の頬に触れたいのに、ひび割れた手は温もりを渡せない。
皮膚は意外と切ない臓器なのかもしれない。
冬は服を纏って皮膚を隠す。
でも、皮膚はその時にそっと声をあげる。
潤わせてと。
焦らなくてもいい。
しなくてもいい。
だけど、
もし少し動けそうなら。
湯気に手をかざすとか、
好きな香りをまとってみるとか、
踵まで手を伸ばしてみるとか。
そんなところから
始まる日もある。
動けない日は、
それすら出来ないことも
ちゃんと知っている。