『やさしさ』という題名の番組を観ていた。


『継続的な優しさじゃなくて、その後の日々に責任持てないある種その場限りのいっときの優しさってものすごく難しいよね』


という台詞があった。


主人公が飲食店のカウンターで食事をしていると、近くのテーブル席で、一人に対して高圧的な言葉を向けたり、頭を小突いたりしている人たちがいた。


主人公は、余計なお世話かもしれないけれど、人の頭を叩いたりしない方がいいですよ、言葉も高圧的だし、と口を挟む。


それを友達に、こんな事があったと話している。


そんなこと言って何かあったら大変だからやめた方がいいよ。

勇気を持って伝えたあなたは素晴らしい。


でも、主人公は言った後にもわだかまりが残った。

自分が立ち去った後、もっと嫌なことになっていないか。

余計なことをしたのではないか、と。


そこに冒頭に書いた台詞が出てくる。


私も出くわす事がたまにある。


ヒステリックに叫ぶ母親と泣きじゃくる子供。

高圧的に意見する夫と、それを黙って聞いている妻。


でも、

『ちょっと!』と口を挟む勇気がない。


なぜなら

『余計なこと』

『人様の家のこと』

『部外者が口を挟むな』


そんな言葉が頭をよぎるからだ。

その場限りの正義感と言われれば、その通りとも思える。


でも、観て見ないふり。

気がつかないふり。


そんなことが、誰かの心から希望を失わせてしまうこともあるのではないだろうか。

声を上げることを奪い、泣き寝入りさせてしまう。そんな事実もまた、ある気がする。


テレビの中で、それに対する出口はなかった。

正解はないと締めくくっていたから。


心がザワザワする。

身体がこわばる。


でも、外へも内へも向けにくい。

折り合いのつかない感情。


最後までモヤモヤ。

波紋だけが起こった。

いつか消えるのだろうか。


でも、わかることがひとつ。


やさしさや正しさの顔をしながら、他人の自由を狭めてしまうこともある。

それを、躾とかやさしさとは呼びたくない。


だけど、もっと曖昧なものもある。


あんたのためを思って。

良かれと思って向けた言葉が、相手には痛みとして刺さることもある。


そんなの望んでいなくても、相手は良かれと思っている。

だから難しい。


あの台詞になんて返していいのかわからないまま、ドラマは次へ続いた。

問いだけを渡された気がした。