最近、電車に乗ると思うのだが、

私はいま、何処にいるのだろう?

と焦る事がある。


昔は大きな看板。

柱には駅名。

窓から見える駅名を確認する事が容易だった。


今は進行方向を確かめるのも、

あれ?と感じる事がある。


車内案内も日本語以外の案内がたくさん。

その間に行き先の表示もあり、

パッと見ても次が何処なのかわからない。


確かに外国の方が増え、

様々な案内表示が必要なのだと思う。


だけれど、この不便さは

私だけの感覚ではなかった。

同じくらいの年代の女性達も、

私もそう思う、と言っていた。


宅配便にしてもだ。


どうしても急ぎで欲しくて、お急ぎ便にした。

メールではポストに投函。とメッセージが入る。


待ってました!と急いで見に行っても、

品物はない。


しかも、通知にあった時間帯にも違和感があった。


問い合わせをしても一向に連絡はない。

結果、品物はキャンセル。

返金します。で終了。

肝心の品物は手元にない。


誰が誰のためのサービスなのだろうかと、考える。


電話番号が探せない。

音声ガイダンスに振り回される。

オペレーターと話せるまでが大変だ。


便利さを追求し、

サービスを向上させようとして、

余計に不便さを生み、

どこかで人を疲れさせているように感じる。


誰かを責めたいわけではない。


仕組みを考えていく時、

セットで検証と、やり直す勇気を持てたなら、

もう少し色々な人に寄り添えるのではないか。


カスタマーサービスの方も、

最後は謝るしかないですと。


配達ミスが多い。

でも、配送量も半端じゃないんですと。


電車も宅配便も、

なくてはならないサービスだ。

そこに携わる多くの人々の努力で、

何とか支えられているのだなと思う。


腹は立てども、

気の毒な気持ちが勝り、

電話を切った。