妊娠から出産へ向かう中で、多くの人が一度は『陣痛』という痛みに恐怖を抱くのではないだろうか。
先輩ママに「痛い?」「どんな感じ?」と聞いたり、育児書を読んだり。
鼻からスイカ、なんて例えもあったかな。
そんな中で、私は「生理痛の100倍痛い」という話を聞いた。
その瞬間、自分は生きて出産できないだろうと思った。
初潮が始まってから、月の半分は憂鬱な日々だった。
しかも当日は、のたうち回るほどの痛み。
痛み止めは効かない。
トイレから出られない。
でも返ってくるのは、こんな言葉だった。
女の子ならみんな一緒。
みんな我慢しているのよ。
大袈裟なんだから。
保健室に逃げ込んでも、仮病のように扱われることもあった。
とても学校になど行っていられる状態ではなかった。
みんなと一緒のはずなのに、私は我慢できない。
でも痛くて仕方ない。
誰もわかってくれない。
そんな感覚は、長男を出産するまでずっと続いていた。
私は幸運なことに、出産を機にその痛みが大きく変わった。
陣痛が痛くなかったとは言わない。
ただ、途中の痛みは、このくらいなら生理痛の方がつらかったなと思えるくらいの痛みだった。
その時、やっと思えた。
今までの私は、我慢できないダメな女の子だったのではない。
あの痛みの中で、ずっと頑張って耐えていたのだと。
誰もわかってくれなかったあの痛みは、
辛いと言ってよかったのだと。
子供の私は、私の身体しか知らない。
それなのに周りの大人は、「女の子なら」と、まとめて語ってしまう。
でも、同じように見える痛みでも、その重さは人によって違うのかもしれない。
これは、生理痛の話に限らない。
産婦人科に行けばいいとか、ピルを飲めばいいとか、そんな話がしたいわけではない。
その人の痛みは、その人にしかわからないのだと思う。
そう頭ではわかっていても、人はつい「そのくらい」とまとめてしまうことがあるのかもしれない。
娘が生まれた時、私はあの痛みを味合わせたくないと強く思った。
それほど、私にとっては辛いものだった。
SOSの発信の仕方も、人それぞれなのだろう。
わかってあげられないことは、きっとある。
けれど、「大したことではない」と結論づけるのは、外側の人が簡単に出していい答えではないのではないだろうか。