人に想いを伝える。
一生懸命言葉を繋いで、伝えても、相手には全然違うニュアンスで伝わってしまう。
今日、そんな話を耳にした。
『あの人には何回言っても伝わらないのよね』
『なんか言うと、すぐお金がないとか、高いとかいうのよ』
でも、その話に解答をする人の話はこうだった。
『それは、相手の理解が足りないのではなくて、あなたの伝え方に問題があるのでは?』
『相手の為を思って話しているのかも知れないけど、相手には高い買い物を勧められているようにしか感じなかったのでは?』
何気なくの会話が、静かになった。
ほんの一部の会話部分だ。
でも、自分の中にも思い当たる節がある。
特に近しい関係だと、同じような台詞を使っているかもと振り返ってみた。
例えば、子供や夫に対して
『何回同じ事を言ったら伝わるのかな?』
とか、
親とかに
『なんかこれちょっと高いけど体にいいらしいよ』とか。
そこで思った。
同じ出来事でも、捉え方はいくつもあるのかもしれない。
①私はちゃんと伝えている。
②やっぱり私がダメだったんだ
③伝わらないなら、距離を置くという選択もあるのかもしれない。
④なるほど。
じゃあ少し違うアプローチをしてみたら、本当に伝えたい気持ちが伝わるのかな?
どの選択が良いとか悪いとかではない。
昔の私なら、唐突にあなたが出来てないと言われた。
となり、反省という名の自己嫌悪に陥り、中々浮上出来ず、もしかしたら、もうそのアドバイスをくれた人に会うこともしんどくなってしまったかも知れない。
じゃあ
③を選んだとして
それはそれで歩み寄らないし、傷もそれ以上深くはならないと解釈出来るのかも。
でも今は
④なのかな。
じゃあ次は違う事をしてみよう。
その時の気持ちだって嘘じゃない。
そういう目線も頂いた。
なら、やってみても良いかな。
そんな小さなチャレンジ。
責めもしないし、開き直りもしない。
何故なら正解はないと思うから。
そういう見方があるという引き出しをひとつもらった。
正解はない。
ただ、ほんの少し自分にとって気持ちがいい方に舵を切れたら。
静かに止まった会話の先、あの人達はどう続けたのだろう。
正解を求める必要はなくて、自分にも、相手にも収まりのいい距離。
自分の正解も、本当かどうかはわからない。
相手の正解もきっと同じ。
だから、今の自分のベストを置いておく。
時が流れたら、また違う答えになるかもしれない。