中学生と言えば多感がMAXなわけで御多分に洩れず俺もそうで、俺は学校行事が耐えられなかった。小学6年の時の卒業式の呼びかけですでに自身の内面にはなかなかの兆候があって、中学に入るとマジで無理になった。あれ子供騙しですよね。いや子供なんですけど。子供なんですけど、反抗期を迎えて大人になろうと覚束ない手つきで人格形成をしている中学生にあれは拷問ですよ。俺が無気力でも俺のクラスが体育祭だか合唱祭だかで優勝し、担任が「全員が力を一つにしたから勝てた」と言った時に、ついに確信できる形ではっきりとした嘘が確定したのだった。あれはショックでした。カイジで言うところのぐにゃ〜〜、です。まともさでできていると信じていた外の世界にヒビが入ったことを明確に意識した瞬間かもしれない。後から嘘をつけなくさせたかったのか、再び嘘をつかれるのかどうか世界の誠実性を試していたのか、もはや理由は明確に覚えていないし当時ですら自覚的でなかったのかもしれないが、とにもかくにも反抗的かつ無気力な態度を積極的に取ったことで、教員と、世界の嘘を受け入れる準備が整っていない、まだ世界を少年ジャンプ的文脈のままにしておきたいクラスメイトから俺の心象は悪くなった。とは言え勉強と運動はできるので不登校とかいじめとかひどいことにはならず普通に友達もいるような平均的な学生生活は送れたが、とにかく学校行事が嫌で嫌でたまらない日々でしたね。選別のために学力や体力を試されていることはうんざりしながらも受け入れていたつもりだが、選別と無関係なところで全員で謎の目標を立てて走ったり歌ったり劇をしたりするのかは最後まで全く分からなかったし、分からないのに要求されるがまま全力を尽くす理由が見つけられなかった。3年の時の修学旅行が任意参加だったので、任意と言っても普通は参加が前提(任意なのは参加費が捻出できない家庭への配慮だったのだろうか?)っぽくて、俺は欠席でプリントを提出したんだけど、善良な学年だったため参加しなかったのは恐らく俺だけだった。で担任から欠席の理由を個別に問われたんだけど、理由は伝えず、任意参加であれば出欠の裁量は俺にあって、俺は不参加を希望している旨を伝えると、今でも覚えているが「可哀想な人だね」と担任から言われたな。今思えば確かに俺は可哀想である。多感で、迎合と反発の狭間で苦悩していて、大人からすれば見守ってくれてもよさそうな可愛らしい悪足掻きに対し、担任としての評価に影響するのかなんだか知らないが、憐れみと軽蔑と思い通りに動かない生徒への苛立ちが滲んだ眼差しで「可哀想」と皮肉を言うような中年男性が、子供にとって親類以外では数少ない、関わりの深い大人だったのだから。までも昔のことだし恨みとか全然ないですけどね。散々自分のこと棚上げしているけど、担任にとっちゃあ可愛くなく扱いにくい生徒だったでしょうし。この話はふと思い出して急激に懐かしくなり、振り返りを文章に残してみようって試みなので、主張も他意もない回顧録みたいなものですね。青かったね笑