久しぶりに書くか。ぼちぼち期間が空いた。アマゾーソのセールが開催されている。イエ〜イ!買いたいものがない。必要に迫られて購入するものはあったとしても、人生に新たに足すような心踊る物品はなかなか存在しない。これは物品側ではなく、恐らく俺の問題である。踊らせるパワーが物にないのではなく、踊るパワーが俺にないのである。知られざる、あるいは気づかざる優れた物品で日々の生活における自分では気づけないぐらいの不便さや不快さに気づき取り除けないかとAIに相談する始末。良さの追求よりも良くなさの排除に俺は関心があるのだ。嫌なことって嫌だ〜(トートロジー)。
まともさに心が満たされる。もらい事故のような若干の炎上をした普段は善良な動画投稿者が、言葉を選びつつも恐らくはやや神経質になっていた。そうしたら、その動画投稿へのコメントに、「攻撃をされているように感じてしまうかもしれないが、あなたは概ねそこまで責められていないように見える。気に病まずに少し休んでほしい。応援している」的なメッセージがいくつもあり、まともなだな〜と思った。いや、ちゃんと追っていないから本当のところは知らんけどなんだけど、きっとその見立てはまともなはずで、愛がある。「初めてコメントします」みたいな投稿もいくつかあった。緊急事態にサイレントマジョリティが参戦。ありがて〜。見える化されはしないが、糞ワールドの少々の糞を自分の中で浄化して日々を黙ってやり過ごしているまともな人が大半だと思っている。目立つ物を見れば糞だらけのようだからと言って、この世は糞まみれではない。確かに糞はある。だが糞まみれではない。ふとした時に、まともさのそれなりの大挙を観測できると、心が安らぎますね。まともさとは何か?それは知らん。俺がまともだと思うものである。